最新記事

教育

日本のビジネススクールは何のためにあるのか?

2019年1月29日(火)17時45分
松野 弘(千葉大学客員教授)

拙著『大学教授の資格』(NTT出版、2010年)では、近年増大化しつつある社会人教授(これには、1.「企業経験型」―企業経験を経て大学教員〔教授・教授〕になった人、2.「社会人大学院型」―いわゆる社会人大学院を出て大学教員〔教授・准教授〕になった人、の2つのタイプがある)に対して、大学教授の資格とは何かを詳細に検討した。本書は数多くのマスコミ(朝日新聞の書評や耕論、週刊朝日等)に取り上げられ、日本の大学教員のあり方に一石を投じることになった。

日本の大学には、学部卒業で企業経験を経ただけで大学教員になれる、という日本特有のガラパゴス的な悪しき慣習がある。他方、欧米の大学では、アクデミックな教育(大学院)を受けて学位(博士号)を取得し、教育・研究上の業績が採用基準を満たしていなければ大学教員になれないのが通例である。

学問的訓練を受けていない、企業経験のみで採用された実務家教員(社会人教員)が採用され、そうした人たちが大学で教鞭をとることが近年の日本の大学生の学力低下を招いている、という指摘もみられる。つまり、学術的な論文や著作という業績がなくても、一般的な啓蒙書やエッセイを業績とみなして、大学が採用するからだ。

その理由は、大学が企業出身の人たちを通じて、学生の就職先を確保したいという思惑もある。近年、専門分野ではなく、キャリア教育という形で社会人を大学教員として採用する例が多いのはこのことを示しているといえるだろう。

きちんと研究成果を残し、大学教授として活躍する人もいる

しかしながら、筆者の知っている社会人教授の中には、企業に勤務しながら、大学院で研究を行い、学位(博士号)を取得して、大学教授として活躍されている方も数多くいる。

電通のマーケティング・ディレクター等を務め、城西大学・法政大学を経て、現在、中央大学大学院戦略経営研究科教授として教鞭をとっておられる田中洋氏や、京都大学工学部を卒業しながら、帝人・住友銀行を経て、米国でMBA、東京工業大学で学位(博士〔学術〕)を取得し、一橋大学大学院国際企業戦略研究科で企業経営の再生やM&A分野のすぐれた専門家となっている佐山展生氏などがその典型だ(注:佐山氏はスカイマークの会長に就任し、現在は一橋大学の客員教授になっている)。

こうした人たちは企業経験を単なる経験として捉えずに、学問的知識を融合させることで、自らの知的人生を開拓しようとしてきたからこそ、サラリーマンのあこがれである大学教授になれたのである。「学ぶ」という強い意識・動機づけと目標実現に向けての知的な行動力さえあれば、「夢を形」にすることができるのである。

昨年「日本のビジネススクールに行く価値があるのか?」で書いたように、残念ながら、サラリーマンが日本のビジネススクールを出ても、米国のビジネススクールのように就職先も待遇もキャリアアップしていないのが現状だ。

だからこそ、大学教授になるというキャリアを選ぶ人がいるのかもしれないが、そうであれば、きちんと学問的知識を融合させ、日本の教育界に貢献する人材となってもらいたい。豊富な社会経験と学問的な成果という双方の業績をもつ、新しい大学知性人(ネオ・アカデミクス)こそがグロ-バル社会の大学に求められる大学教授像なのである。

[筆者]
松野 弘
博士(人間科学)。千葉大学客員教授。早稲田大学スポーツビジネス研究所・スポーツCSR研究会会長。大学未来総合研究所所長、現代社会総合研究所所長。日本大学文理学部教授、大学院総合社会情報研究科教授、千葉大学大学院人文社会科学研究科教授、千葉商科大学人間社会学部教授を歴任。『「企業と社会」論とは何か』『講座 社会人教授入門』『現代環境思想論』(以上、ミネルヴァ書房)、『大学教授の資格』(NTT出版)、『環境思想とは何か』(ちくま新書)、『大学生のための知的勉強術』(講談社現代新書)など著作多数。

20250225issue_cover150.png
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年2月25日号(2月18日発売)は「ウクライナが停戦する日」特集。プーチンとゼレンスキーがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争は本当に終わるのか

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中