最新記事

キャリア

自己実現か社会貢献か、物質主義か非物質主義か──古い「転職」観は捨てよ

2018年7月30日(月)17時30分
松野 弘(千葉大学客員教授、現代社会総合研究所所長)

themacx-iStock.

<かつて転職がタブーだった日本だが、欧米でも長らく垂直的職業移動は難しかった。いま転職をどう考えるべきか>

日本が高度成長への助走をはじめた1960年代以降、サラリーマンにとって、会社はわが家と同様な存在になってきた。「モーレツ社員」「会社人間」等の言葉が世間に出回ってきたのは丁度この頃である。家族のために、身を捨てて働く――まさに「忠臣蔵」の忠臣のごとく、日本のサラリーマンは企業のために献身していたのである。

その根底には、経営者は「親」であり、従業員は「子」であるという<温情主義的経営>(paternalistic management)の価値観が存続していたことがある。それを支えていたのが「終身雇用」という雇用慣行であった。いったん、その会社に身を委ねてしまえば、一生、会社のために尽くすという「運命共同体的な精神」が経営者にも従業員にも共有されていたのである。

この時代、「転職」はタブーであり、「ころがる石には苔がつかない」といった言葉に代表されるように、転職する人間は社会のはずれ者か、外資に魂を売った人間か、といったような見方をされていた。

ドイツでは10歳で選択、階級移動は欧米では難しい

「転職」という言葉は比較的新しい言葉であり、「勤め先(会社)あるいは雇用主を変えること」を意味している(渡辺深『転職のすすめ』講談社現代新書、1999年)。

これに対して欧米では、「転職」に相当する言葉(社会学用語)としては「職業移動」(occupational mobility)がある。これは「職種や職位などによって規定される、職業上の位置の変化」であり、(1)経済的・社会的水準の変化を伴わない<水平的職業移動>と、(2)経済的・社会的水準の変化を伴う<垂直的職業移動>がある、とされている(濱嶋朗他編『社会学小事典』有斐閣、1997年)。

同じ職種間の移動や異なる職種間の移動、つまり、ブルーカラー層内での職種の移動(水平的移動)とブルーカラー層からホワイトカラー層への移動(垂直的移動)の2種類があるということだ。

これは日本では珍しいことではないが、欧米のように伝統的な階級社会では、ブルーカラー層からホワイトカラー層への職業移動はきわめて難しいのが実態だ。

英国の「鉄の女」といわれた、故サッチャー女史の生家は食糧雑貨商(父親は地元の名士で、市長まで務めた)だが、オックスフォード大学を卒業後、企業の研究員を経て、弁護士になり、国会議員になって、首相まで上りつめ、貴族(一代貴族)となった希有な例だ。

ドイツでは、若者は基礎学校(日本の小学校に相当し4年制-10歳まで)を終えると、(1)技術系の中等学校(基幹学校・実科学校と呼ばれる)か、(2)ギムナジウム(大学進学のための学校)、のいずれかの進学選択をすることによって、将来の所属階層、すなわち、下流階級か上流階級ないし中流階級か、という人生選択の道が決められるのである。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

アングル:「高額報酬に引かれ志願」、若きウクライナ

ワールド

ハマス返還の人質の遺体、イスラエルが身元特定

ビジネス

日銀、12月会合で利上げの可能性強まる 高市政権も

ワールド

〔ロイターネクスト〕気候とエネルギー、なお長期投資
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 2
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇気」
  • 3
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与し、名誉ある「キーパー」に任命された日本人
  • 4
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国…
  • 5
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 6
    【クイズ】日本で2番目に「ホタテの漁獲量」が多い県…
  • 7
    台湾に最も近い在日米軍嘉手納基地で滑走路の迅速復…
  • 8
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 9
    見えないと思った? ウィリアム皇太子夫妻、「車内の…
  • 10
    高市首相「台湾有事」発言の重大さを分かってほしい
  • 1
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 4
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 5
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 6
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 7
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 8
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 4
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 5
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 8
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中