最新記事

経営

日本企業はなぜ「お雇い外国人」に高額報酬を払うのか

2018年6月21日(木)18時05分
松野 弘(千葉大学客員教授)

明治政府の「お雇い外国人」は高額所得者

「お雇い外国人」(もしくは、「お抱え外国人」)は、一般には明治政府の近代化政策=殖産興業政策のもとに、欧米の先進国から任期制で招かれた、行政・産業・教育・医療等市民生活のあらゆる分野の専門家である。西洋の学問・制度を日本の定着化させるための指導・助言をしてくれる、いわば、コンサルタントだ。

明治以前の江戸時代でも、鎖国政策をとっていた初期の頃には、徳川家康がヤン・ヨーステンやウィリアム・アダムズなどを厚遇して、外交顧問や技術顧問にしていたことがあった。

しかし、明治維新以降は日本の近代化を推進すべく、産・官・学一体となって、西欧の先進技術・知識・文化等を学ぶために、数多くの外国人専門家を高額報酬で「お雇い外国人」として雇用していた。基本的には任期付きで、英語教師で作家のラフカディオ・ハーン(小泉八雲)や建築家のジョサイア・コンドルのように、日本に永住する人物もいた。

1868年(明治元年)から1889年(明治22年)の間に来日した「お雇い外国人」は2690人で、主な内訳はイギリス人1127人、アメリカ人414人、フランス人333人となっている。1900年までの約30年間でみると、イギリス人4353人、フランス人1578人、ドイツ人1223人、アメリカ人1213人となっている。

特徴的なのは、イギリス人は主として政府の工部省の雇用で、工業振興のための技術者や職人として、フランス人は軍(とりわけ、陸軍)雇用として、アメリカ人は教員として、それぞれ雇用されていたことである。

「少年よ、大志を抱け」という言葉を残したとされる、札幌農学校初代教頭のW.S.クラーク博士もアメリカのマサチューセッツ農科大学の学長でありながら、サバティカル(大学の長期休暇)を利用して1876年(明治9年)に来日し、日本の青年に農業を教えていたのである。ただ、彼は日本に約8カ月滞在しただけにもかかわらず、自分の銅像が立ち、あの言葉がこれほどまでに有名になるとは思わなかっただろう。

「お雇い外国人」が高額報酬で雇われていたことを示すには、当時の日本の高級官僚の月給と比べるとわかりやすい。

明治政府の高官の月給をみると、太政大臣の三条実美は月俸800円(年俸9600円-現在の貨幣価値で、月に約480万円、年に約5760万円:明治時代の1円の6000倍を現在の貨幣価値として積算)、右大臣の岩倉具視は月俸600円(年俸7200円-月約360万円、年約4320万円)、工部省・大輔の伊藤博文は月俸400円(年俸4800円-月約240万円[年約2880万円])といった具合だ。

他方、「お雇い外国人」の場合、近代化政策が直結するような鉄道・造船等の社会インフラ整備・外交関係・教育(大学)関係の仕事に従事した人たちの月俸は高くなっているようだ。

フランスの製鉄・造船関係の顧問技師のフランソワ・レオンス・ベルニは最も高い報酬で、月俸1000円(年俸1万2000円-月約600万円、年約7200万円)、次いでイギリス人の鉄道顧問技師のエドモンド・モレルは月俸850円(2年目年俸1万200円-月約510万円、年約6120万円)、オランダ人の宣教師・法学者のグイド・フルベッキは大学南校(現在の東京大学)や明治学院(現在の明治学院大学)の理事長を経験し、日本の大学教育に貢献した人物であるが、彼は月俸600円(年俸7200円-月約360万円、年約4320万円)であった。

駐日公使、駐清公使、枢密院顧問官だったイギリス人のアーネスト・サトウは月俸300円(年俸3600円-月約180万円、年約2160万円)、大森貝塚を発見した帝国大学教師のエドワード・モースは月俸350円(年俸4200円-月約210万円、年約2520万円)となっている。また、外務省顧問のドイツ人ヘルマン・ロエスレルは月俸600円(年俸7200円-月約360万円、年約4320万円)だった。委託された仕事が明治政府の重要な国策かどうかで、彼らの報酬には格差があったようだ。

いずれにしても、東方の未開の地でリスクの高い地域に出稼ぎにいく「お雇い外国人」にとっては、高い報酬でなければ、引き受けられない仕事であったことは確かである。

(以上の出典は植村正治「明治前期のお雇い外国人の給与」『流通科学大学論集-流通・経営編 第21巻第1号』流通科学大学、2008年/ユネスコ東アジア文化研究センター編『資料 御雇外国人』小学館、1975年/「明治人の俸給」

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中