最新記事

イタリア危機

緊縮財政で悪化する学校を占拠せよ

モンティ首相主導の予算カットで教育現場はスラム状態──怒れる学生が学校占拠に乗り出した

2012年12月13日(木)13時59分
バービー・ラッツァ・ナドー(ローマ)

イタリア各地の高校や大学に「占拠」の旗が掲げられている Max Rossi-Reuters

 11月のある爽やかな朝、高校生のマッテオ・クレモニは、クラスメイトたちと一緒にローマのポポロ広場の石畳に座って授業を受けていた。膝には教科書、教師はメガホンで声を張り上げている。野外授業をせざるを得ない訳は、彼らが通うタッソ高校が生徒たちに「占拠」されているからだ。

 授業が終わると、クレモニも学校に戻り占拠運動に加わった。「僕たちはイタリアの教育革命に参加している。誰も僕たちの権利のために立ち上がってくれないから」と彼は言う。

 タッソ高校はイタリアじゅうの学校を席巻している学校占拠運動のほんの1例だ。緊縮財政による教育予算カットで、学校環境は悪化する一方。怒りを爆発させた学生たちがローマでは25の高校、イタリア全土では200以上の高校や数々の大学を占拠している。11月半ばには生徒たちによるデモも行われ、警察との小競り合いで数十人が負傷し、多くの逮捕者が出た。

 イタリアが教育関連に費やす予算はGDPの5%以下と、ヨーロッパ諸国では下から3番目だ。それでも来年の歳出削減規模は150億ユーロに上る。イタリアでは過去5年、教育予算は真っ先に削減のターゲットにされてきた。その影響は顕著だ。今や60%近い公立学校の設備に欠陥があると、教職員組合は言う。

 ローマのある高校ではネズミが走り回って配線をかじり、雨漏りでたまった水が教室の隅で悪臭を放っている。郊外の高校ではトイレの半分が詰まったまま1週間以上も放置され、暖房のつかない教室では生徒が手袋をはめて授業を受けている。

 備品も補充されない。イタリアじゅうの高校で、生徒は自宅からトイレットペーパーを持参し、教師はコピー用紙やチョークを自腹で購入している。

卒業しても厳しい就職難

「学習環境は最悪だ」と、占拠運動に参加するジョバンナは言う。「途上国のスラムにしか見えない場所では勉強に集中できない」

 影響は教育内容にも及んでいる。教職員のリストラで週に3日しか授業を行えない高校や、外国語を話せない教師が外国語を教えている学校もある。イタリアの教育の中核だったはずの芸術や音楽では、画材や楽器もなしに授業が進められている。

 学校によっては、教師たちが生徒の占拠運動に協力する姿も見られる。抗議行動に加わったり野外で授業を行ったり、占拠運動中も生徒がカリキュラムについていけるように宿題をメールで送ったりしている。
占拠の手引を記したウェブサイトまで登場した。学校を乗っ取る方法や、どんな行為が違法で逮捕される可能性があるか、なども解説されている。だが今のところ、危険行為やギャングの関与がない限り、警察もこの占拠運動を黙認しているようだ。

 たとえ政府が彼らの声を聞き入れて教育予算削減を見送ったとしても、学校環境が改善されるだけでは、本質的な問題である若者の将来についての懸念はなくならない。学校を卒業した彼らには、厳しい就職難が待ち構えている。イタリアの若年層の失業率は約35%に上り、新卒者の就職の見込みは極めて低い。

 モンティ首相もイタリアの学生たちに劣悪な教育環境を強いていることは認めている。だが予算的な制約を考えると何の手も打てないと、先週語った。「今日の苦境を招いた過去数十年の政策と同じ過ちを避けるべく私たちは努力している」と、モンティは言った。

 教室に戻って普通に勉強したいと思っている学生たちにとって、これほど迷惑な課外授業はないだろう。

[2012年12月 5日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

プーチン大統領、トランプ氏にクリスマスメッセージ=

ワールド

ローマ教皇レオ14世、初のクリスマス説教 ガザの惨

ワールド

中国、米が中印関係改善を妨害と非難

ワールド

中国、TikTok売却でバランスの取れた解決策望む
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...どこでも魚を養殖できる岡山理科大学の好適環境水
  • 4
    「時代劇を頼む」と言われた...岡田准一が語る、侍た…
  • 5
    ノルウェーの海岸で金属探知機が掘り当てた、1200年…
  • 6
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 7
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 8
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 9
    【銘柄】「Switch 2」好調の任天堂にまさかの暗雲...…
  • 10
    女教師の「密着レギンス」にNG判定...その姿にネット…
  • 1
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 4
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 5
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 6
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 7
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 8
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦…
  • 9
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 10
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 8
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中