最新記事

アメリカ経済

ユーロ危機に続くドル崩壊のシナリオ

大半のアメリカ人にとってギリシャやイタリアは憧れの観光地に過ぎないが、地中海諸国の危機を無視できない理由

2011年12月14日(水)17時21分
ニーアル・ファーガソン(本誌コラムニスト、ハーバード大学歴史学部教授)

バブル崩壊 シャボンの泡(バブル)を飛ばすフランクフルトのデモ参加者 Kai Pfaffenbach-Reuters

 生み出したギリシャとローマを同時に危機が襲う──西洋文明の危機に関する著書を出版したばかりの私にとって、今の世界はこれ以上ない状況にある。

 しかし大半のアメリカ人は、EU経済が大混乱に陥っても首をひねるだけだ。彼らにとって、ギリシャやイタリアは一度は行ってみたい観光地にすぎない。「地中海政治」を詳しく解説しても、一向に関心を示さない。

 例外は話が面白い場合。例えば秘密の乱交パーティーに興じるイタリアのシルビオ・ベルルスコーニ首相(先週辞任)はイタリアの喜劇オペラから抜け出てきたような人物で、誰もが興味をそそられる。だが、ギリシャの新首相は欧州中央銀行(ECB)の前副総裁だと聞いて興奮するのは一部の変人だけだ。

 それでも、アメリカ人はこの問題に関心を払う必要がある。第1の理由は、アメリカがリーマン・ショック後の消費低迷からまだ抜け出せていないことだ。つまり経済を成長させるためには、輸出に頼るしかない。実はアメリカのEUへの輸出は対中輸出の3倍近い。

 今年3月まで対EU輸出は伸びる一方に見えたが、ユーロ危機で急停車した。過剰な政府債務を抱えたユーロ圏の国々では、借り入れコストが急上昇。通貨の切り下げができない各国当局は、やむなく緊縮政策、つまり歳出削減や増税を打ち出したが、財政赤字は減らなかった。

 その結果、経済全体が縮小し、EU全体の失業率は10%を超える。ECBのマリオ・ドラギ新総裁は、ヨーロッパが景気の「2番底」に突入するのはほぼ不可避だと語った。アメリカのEU向け輸出業者にとっては、ありがたくないニュースだ。

止まらない借金の連鎖

 第2の理由は、ヨーロッパの問題は政府債務だけではないことだ。ヨーロッパの銀行が保有する国債を時価、つまり現在の底値で評価した場合、多くの銀行は事実上の破綻状態にある。

 今のグローバル化した金融の世界では、アメリカの金融機関も当然、影響を受けるはずだ。大手銀行の大半はユーロ圏の国債や銀行に対し、少なくとも一定のリスクを抱えている。

 例えばゴールドマン・サックスの元CEOが経営トップを務めていたMFグローバルは、ユーロ圏への多額の投資が裏目に出て破綻した。他の金融機関も、ギリシャのデフォルト(債務不履行)などに備える保険として購入したクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)が、いきなり紙くずになりかねない状況に直面している。ギリシャ国債の債務減免がデフォルトに当たるかはっきりしなければ、CDSは宙ぶらりんになるからだ。

 より重要な第3の理由は、いずれアメリカも同じ道をたどる危険性だ。イタリアの債務残高はGDPの121%に達しているが、数カ月前までは誰も気にしなかった。それが一気にパニックとなり、イタリア国債の利回りは3.5%から7.5%に急上昇した。4年前、アメリカの連邦債務残高はGDPの62%だったが、現在は約100%。IMF(国際通貨基金)によれば、16年には115%まで増える見込みだ。

 アメリカはイタリアと違い、ドルを好きなだけ刷れるから問題ないと、エコノミストは主張する。つまりアメリカは通貨の切り下げや供給量増加によって、借金の一部を帳消しする権利を留保しているということだ。

 私が外国人投資家なら(アメリカの公的債務の半分は外国人が保有する)、それを聞いて不安になるはずだ。そしてある時点で、リスクの埋め合わせを要求するかもしれない──国債の利回り上昇という形で。

 アテネ、ローマ、ワシントン。恐るべき借金の連鎖こそ、帝国の都をただの観光地に転落させる一番の近道なのだ。

[2011年11月23日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

日産、タイ従業員1000人を削減・配置転換 生産集

ビジネス

ビットコインが10万ドルに迫る、トランプ次期米政権

ビジネス

シタデル創業者グリフィン氏、少数株売却に前向き I

ワールド

米SEC委員長が来年1月に退任へ 功績評価の一方で
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 5
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 10
    中国富裕層の日本移住が増える訳......日本の医療制…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中