最新記事

アメリカ経済

GM救済が世界貿易を狂わせる

巨大自動車メーカーの国有化に動く陰で、オバマは露骨な保護主義の種をまいた

2009年6月3日(水)19時29分
フィル・リービー(アメリカン・エンタープライズ研究所研究員)

守りたい雇用 政府主導のGM救済計画は世界貿易システムの根幹を揺るがしかねない(4月、カンザス州のGM工場)  Dave Kaup-Reuters

 近ごろ500億ドルで買えるものは何か。巨大な新しい非関税障壁と、何十年も続く貿易摩擦である。

 ゼネラル・モーターズ(GM)破綻におけるオバマ政権の役割は様々な理由で批判することができる。市民活動家ラルフ・ネーダーのような自由市場主義者は、議会の承認を得ない行政府権力の不適切な執行だと非難。昨年12月の政府によるGMとクライスラーへの緊急融資を支持した連邦控訴審判事リチャード・ポズナーも、政府が大企業の所有や運営を担うべきではないと主張している。ウォールストリート・ジャーナル紙は、全米自動車労組(UAW)に認められた分不相応の取り分には政治的なえこひいきのにおいがすると書いている

 こうしたGM救済騒動のなかでほとんど見過ごされている問題がある。貿易への影響だ。GMはもちろん多国籍企業である。同社の08年の年次報告書によれば、売上高1480億ドルの約半分はアメリカ国外からもたらされた。

 年次報告書ではこう記されている。「2008年、当社は世界の新興国市場で引き続き好調だった。アジア太平洋地域と(南米、アフリカ、中東)地域で記録的な販売実績を残し、欧州では3年連続で200万台以上を販売した」

 これは縮小する北アメリカ市場の穴埋めに一役買っていた。GM救済計画は、こうした成長市場へのルート確保とコスト削減に比重が置かれるとみる向きもあるだろう。特にドル安と国内消費低迷のなか、国外市場での収益見通しは瀕死の自動車メーカーにとって数少ない希望の光に見える。

中国からの逆輸入を撤回

 実際は違う。GMは最近、中国で年間約5万台のサブコンパクトカーを生産し、近い将来アメリカ市場で販売する計画を連邦議会に伝えていた。ところがUAWのロン・ゲッテルフィンガー委員長は5月28日、GMは中国で生産するサブコンパクトカーを逆輸入せず、代わりにアメリカ国内で生産することでUAWと合意したと語った。

 この方針転換は自動車産業の枠を超えた大問題をアメリカにもたらすだろう。WTO(世界貿易機関)の規定により、アメリカは自動車輸入に数量制限を設けてはいけないことになっている。ところがGMの方針転換は、あたかも政府主導で自動車輸入を減らそうとしているように見える。
 
 口の達者な弁護士なら、これは政府の明確な政策ではなく単に労使協定の一部だと主張するかもしれない。だが今のUAWは財務省が決めたことだけを受け入れている。しかも米政府は近くGMの大株主になるため、GMと距離を置くのが一層難しくなる。

 アメリカの納税者にとっては、GMに投入された莫大な公的資金を回収できるのかという疑問が生じる。GMは04年に27億ドルの純利益を出したが、これが過去5年で唯一の黒字だった。仮に新生GMが納税者への返済にすべてをささげ、毎年04年と同じくらいの利益を上げ、政府がGMへの利率を優遇したとしても、全額を返済するには25年以上かかる。

 GMはこれまで利益を追求してきたにもかかわらず破綻した。今後は国内の雇用や環境目標に関する政治的な要求に応えようとするはずだ。利益追求を許されない状況で利益を出すのは一層難しい。

 影響を受ける自動車メーカーはGMだけではない。米韓自由貿易協定に対する根本的な批判は、韓国がアメリカ車の輸入をはばむ非関税障壁を維持していることにある。米政府が影響力を露骨に行使して自動車輸入を阻止するなかで、韓国に対する批判が続けられるのだろうか。

トヨタの工場にも配慮せよ

 オバマ政権が自動車業界を例外扱いしても、他国は同じようには考えないだろう。ほぼすべての国に大きな雇用を生む輸入競争産業があり、それは政治とつながっている。もしアメリカが自制しなければ、他国が自制するとは考えにくい。多くの貿易相手国がアメリカより深刻な不況に苦しんでいるのだから、なおさらだ。

 GMの収益性は問題ではないという議論もあり得る。世界中で自動車を生産して利益を出すためにGMを救済したわけではなく、国内で車を作り雇用を生む自動車メーカーが必要だった──。

 その議論には一理ある。でもそうだとすればオバマ政権の自動車産業政策はかなり間違った方向に進んでいることになる。米自動車産業を維持することの重要性を語るとき、オバマはGM、クライスラー、フォードのことを明確に指している。国内の自動車産業の雇用を本当に心配するなら、オバマはBMWやトヨタの工場も気にかけるべきだ。

 米自動車研究センターによる05年の調査によると、約100万人の雇用が「国際的な自動車産業」につながっており、それはアメリカ市場で過去数十年で最も成長している分野だった。

 仮にアメリカの自動車メーカーが清算されれば、そうした外国メーカーかフォードのような国内メーカーが買い手になるだろう。逆に非効率な企業が政府に救済されれば、そうした健全な企業が競争上不利になる。

 政府がGM救済でどこに向かうのかはまだ完全には明らかになっていないが、世界貿易システムの根幹を揺るがすことは間違いない。税金500億ドルで巨大なトラブルの種を買っているようなものだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ハセット氏のFRB議長候補指名、トランプ氏周辺から

ビジネス

FRBミラン理事「物価は再び安定」、現行インフレは

ワールド

ゼレンスキー氏と米特使の会談、2日目終了 和平交渉

ビジネス

中国万科、償還延期拒否で18日に再び債権者会合 猶
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジアの宝石」の終焉
  • 3
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の展望。本当にトンネルは抜けたのか?
  • 4
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 5
    「なぜ便器に?」62歳の女性が真夜中のトイレで見つ…
  • 6
    トランプが日中の「喧嘩」に口を挟まないもっともな…
  • 7
    極限の筋力をつくる2つの技術とは?...真の力は「前…
  • 8
    世界の武器ビジネスが過去最高に、日本は増・中国減─…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    アダルトコンテンツ制作の疑い...英女性がインドネシ…
  • 1
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 2
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 5
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 6
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 7
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 8
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキ…
  • 9
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 10
    首や手足、胴を切断...ツタンカーメンのミイラ調査開…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中