最新記事

独裁の悪夢を覚ますエジプトの怒り

中東革命の軌跡

民衆が次々と蜂起する中東の地殻変動を読み解く

2011.05.17

ニューストピックス

独裁の悪夢を覚ますエジプトの怒り

アラブ世界を襲う中東革命の大波とネット世代の抗議運動がムバラクの独裁体制を追い詰める

2011年5月17日(火)20時07分
ババク・デガンピシェ(ベイルート支局長)、クリストファー・ディッキー(中東総局長)、マイク・ジリオ

燃え広がる怒り 抗議活動に加わった市民は罵声と投石、さらには火炎瓶で治安部隊に立ち向かった Reuters

 エジプトと21世紀の世界をつなぐ通信インフラが1つ、また1つとダウンした。ツイッター、フェースブック、そして最後はすべてのインターネット接続が遮断された。ショートメールも使えなくなり、エジプト全土で無数の携帯電話が不通になった。

 それでも、先週初めから続く抗議行動と暴動は止まらなかった。高齢のホスニ・ムバラク大統領の退陣を求める無数の若者たちは、1月28日を「怒りの日」に定め、国中から支援者を集めた。その中には、政府から非合法化された後も強力な組織を維持する穏健派勢力のムスリム同胞団も含まれる。
デモの予定時刻が近づくと、政府はあらゆる手段を使って民衆の分断を図り、外部の世界とのつながりを断とうとした。

 そしてデモ決行の時が来た。昼の金曜礼拝の直後、数万人がエジプト全土の街頭に繰り出した。当局は警棒とゴム弾で鎮圧にかかり、通りにはナイル川の朝もやよりも厚い催涙ガスの煙が立ち込めた。

 だが抗議の嵐はやまなかった。カイロでは、05年のノーベル平和賞受賞者で平和的な民主化を呼び掛けていたモハメド・エルバラダイ国際原子力機関(IAEA)前事務局長に治安部隊が放水を浴びせ掛けた。警官隊に包囲されたエルバラダイは支持者と共に1時間以上モスクに押し込められた後、当局の手で自宅に軟禁されたもようだ。

 カイロの他のデモ隊は警官隊の追跡を逃れながら、罵声と投石、時には火炎瓶を投げ込んで応戦した。これに対して警官隊は大量の催涙ガス弾を乱射。その一部はデモ隊の真ん中に着弾し、一部は川に沈んであぶくと煙を吐き出した。

 夕方になると2つの大人数のデモ隊がカイロ中心部のタハリール広場で合流。近くにはエジプト考古学博物館やインターコンチネンタル・ホテル、アメリカ大使館がある場所だ。
ここで突然、警官隊が引き揚げ、代わりに軍隊が現れた。エジプト全土に午後6時以降の夜間外出禁止令が敷かれたのだ。

 実際のところ、軍の兵士は警官や治安部隊に比べ、民衆からの信頼がずっと厚い。だが、お目付け役が軍に交代した後も、デモが終わることはなかった。

「大きすぎて潰せない」国

 一方、アメリカは真っ向から対立するエジプト政府とデモ隊の間で、どちらかに付くべきか決めかねているように見えた。バラク・オバマ大統領は前日の27日、YouTubeで公開されたインタビューでこう語った。

「政府は暴力に訴えないように気を付けなくてはならない。通りにいる人々も暴力に訴えないように気を付けなくてはならない。人々が正当な不満を表明するための仕組みをつくることが極めて重要と考える」

 だが、もう手遅れだったのかもしれない。タハリール広場付近の高層ホテルにいた観光客やジャーナリストは、外出禁止時間になってから与党・国民民主党本部が炎上するのを見た。しかも、炎は5000年前にさかのぼる貴重な文物を所蔵する考古学博物館の付近でも見られた。
軍は博物館を警護するために移動したが、世界最古級の文明の記録は危険な状態に陥った。そして現代エジプトの未来もまったく読めなくなった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲うウクライナの猛攻シーン 「ATACMSを使用」と情報筋
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさ…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 8
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 6
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中