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喪失の淵から立ち直るには
わが子を失った悲しみで引き裂かれた夫婦の実像を描いた『ラビットホール』
人間にとって、子供を失うことほど根源的な痛みはない。今や嘆き悲しむ親の姿はカルチャー産業に不可欠。テレビはもちろん、予期せぬ子供の死で泣かせる本、演劇、映画は数え切れない(優れた作品は少ないが)。
『ラビットホール』で悲運に見舞われるのは、ベッカ(ニコール・キッドマン)とハウイー(アーロン・エッカート)のコーベット夫妻。4歳の息子ダニーが事故死して8カ月、夫婦関係は破綻している。
ありふれたテーマでも作品から伝わる誠実さ、鋭さ、抑制、自虐的なユーモアは並のものではない。デービッド・リンゼーアベアーによるピュリツァー賞受賞戯曲(舞台はトニー賞にも輝いた)を映画化したこの作品は、感傷を巧みに避けながらも、心がかきむしられるような作品に仕上がっている。
妻ベッカは、悲しい気持ちを怒りに変えて爆発させる。夫に誘われてグループセラピーに出席しても、同じ境遇にある人たちの発言をあざ笑うのみ。心配してくれる母(ダイアン・ウィースト)や奔放な妹、もちろん夫の助けもはねつける。
一方、夫は自分の感情に正直だ。息子を撮ったホームビデオを1人で眺め、その姿を心にとどめておこうとする。逆に一刻も早く忘れたいベッカは、服やおもちゃを処分したがる。
感情の押し売りはしない
互いに向き合えない2人は、別の人間に慰めを見いだそうとする。ベッカは息子をひいた車を運転していた高校生に、夫はマリフアナを吸ってセラピーに出てくる皮肉っぽい女性(サンドラ・オー)に引かれていく。
この作品を撮った監督がジョン・キャメロン・ミッチェルだというのは驚きだ。ロックミュージカル『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』や、セックスをテーマにした『ショートバス』を撮った人とはとても思えない。
自身も俳優であるミッチェルは、出演者たちからほぼ完璧な演技を引き出した。ただでさえ心を動かすような主題のときは、感情の押し売りは必要ないことも分かっている。
『ラビットホール』は観客に根本的な問いを突き付ける。かけがえのない存在を失った人間はどうやって生きていけばいいのか? 悲しみによって引き裂かれた人間関係は、どのように修復すればいいのか?
苦しんだ揚げ句、やっと示される答えはありふれたものだ。それでいい。絶望につける特効薬など、ありはしないのだから。