最新記事

リバタリアンIT長者のトンデモ思想

フェースブック
過去か未来か

打倒グーグルの最有力候補は
会員5億人の「お友達帝国」

2010.10.19

ニューストピックス

リバタリアンIT長者のトンデモ思想

「大学を中退して起業すれば10万ドル」という提案は、シリコンバレーに蔓延する行き過ぎた自由主義の象徴だ

2010年10月19日(火)18時23分
ジェイコブ・ワイズバーグ(スレート・グループ編集主幹)

 世界最大のSNS、フェースブックの創設者マーク・ザッカーバーグの半生を描いた新作映画『ソーシャル・ネットワーク』を見た人なら、ピーター・シールに見覚えがあるだろう。フェースブックに最初に投資をしたベンチャー投資家のシールは、50万ドルを投じて2004年のフェースブック急成長を支えた人物だ。

 映画の中でシールは、無料音楽配信サービス、ナップスターの共同創始者ショーン・パーカーと共謀してザッカーバーグの親友エドュアルド・サベリンを騙し、サベリンが保有していたフェースブックの30%の株式を横取りする。脚本家アーロン・ソーキンは、ドイツ生まれのシールをこんな台詞で一蹴する。「あいつは(映画『ウォール街』の強欲投資家)ゴードン・ゲッコーを英雄だと思っているような奴だからな」

 シールがリッチな生活を楽しんでいるのは明らかだ。マクラーレンのスーパーカーを乗り回し、サンフランシスコの「自宅」はフォーシーズンズ・ホテル。白いジャケットに身をつつんだ執事まで雇っている。だがその一方で、自分はただの自堕落なIT長者ではないとも信じており、フェースブックと自身が創設したオンライン決済サービス、ペイパルで儲けた金の一部を、さらなる夢のために投資している。

「自由と民主主義は共存できない」

 シールの信念の根幹にあるのは、悪びれることなく身勝手を貫く姿勢と、自然淘汰によって強い企業だけが市場で生き残れるという経済的ダーウィン説だ。自由主義経済を推進するシンクタンク、カト研究所のサイトに昨年掲載されたエッセイでは、「私は自由と民主主義が共存可能だとはもはや信じていない」と書いた。大衆は勝者がすべてを手に入れる規制なき資本主義を支持してくれないから、自分も大衆を支えないと、彼は言う。

「1920年以降、福祉の受益者と参政権を得た女性というリバタリアン(自由主義者)にとって手ごわい2つの有権者層が力を持ちだして、『資本主義的民主主義』という概念そのものが自己矛盾になってしまった」と、シールは記している。確かに、女性に参政権を与えたせいで経済が崩壊したなんて本当のことを言って歩いたら、誰にも相手にされなくなるのがおちだ。100ドル札でも配って歩くけば少しは違うかもしれないが。

 シールに象徴されるシリコンバレー流のリバタリアニズムが保守派のキャスター、グレン・ベックの主張と一線を画すのは、シールは個人の行動に対して自由放任主義的で、世論を扇動しようという気がさらさらないことだ。同性愛者を公言するシールが望んでいるのは大衆から逃れることであって、ベックのように経済破綻に備えて金塊を買うよう勧めたり、群集を鼓舞して運動を盛り上げることではない。アメリカへに期待することを止めた彼は、「自由のための新たな空間を作り出せそうな最新テクノロジーを開発する努力」に注力する決心をしたという。

 彼を突き動かす原動力は「ITユートピア構想」だ。オンライン決済サービス、ペイパルの創業で、シールは税制や中央銀行の政策の縛りを超えたグローバル通貨の創設を目指した。フェースブックは彼にとって、国境を越えた自発的なコミュニティーを形成する一つの手段だった。
 
 オフラインの世界では、シールは海上に法律の及ばない水上共同体を作ったり、宇宙開発を進めたりする非営利団体「シースティーディング(海上国家建造計画)」の中心的な支援者でもある。狙いは、海上や宇宙空間で新たな政治体系を作り上げること。実現には時間がかかるかもしれないが、そのための対策も忘れていない。人間は1000年生きられると信じて延命方法の研究を行っているメシュセラ基金に巨額の寄付をしているのだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

再送-解任後に自殺のロシア前運輸相、横領疑惑で捜査

ビジネス

中国5カ年計画、発改委「成果予想以上」 経済規模1

ワールド

焦点:マスク氏の新党構想、二大政党制の打破には長く

ビジネス

6月工作機械受注は前年比0.5%減=工作機械工業会
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 2
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 3
    「ヒラリーに似すぎ」なトランプ像...ディズニー・ワールドの大統領人形が遂に「作り直し」に、比較写真にSNS爆笑
  • 4
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、…
  • 5
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 6
    犯罪者に狙われる家の「共通点」とは? 広域強盗事…
  • 7
    自由都市・香港から抗議の声が消えた...入港した中国…
  • 8
    人種から体型、言語まで...実は『ハリー・ポッター』…
  • 9
    名古屋が中国からのフェンタニル密輸の中継拠点に?…
  • 10
    「けしからん」の応酬が参政党躍進の主因に? 既成…
  • 1
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 2
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 3
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸せ映像に「それどころじゃない光景」が映り込んでしまう
  • 4
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 5
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 6
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 7
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 8
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、…
  • 9
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 10
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 4
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 5
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 6
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 7
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 8
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 9
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 10
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中