最新記事

「緩慢な悲劇」との戦いに入ったハイチでの救命活動

ハイチ大地震

M7.0に直撃された
最貧国の惨劇と国際支援のあり方

2010.01.22

ニューストピックス

「緩慢な悲劇」との戦いに入ったハイチでの救命活動

2010年1月22日(金)12時05分
冷泉彰彦(プリンストン発 新潮流アメリカ)

 緊急救命活動とは、通常は時間との戦いです。多くの場合、心肺停止の時間が短ければ短いほど救命の可能性は高まる、そんな切羽詰った時間感覚がそこにはあります。時間との戦いということでは、一昨年2008年5月の四川大地震のことも昨日のことのように思い起こされます。高い技術を持った日本の救命隊が派遣されたにも関わらず、手続きのトラブルなどで、現地入りが遅れ、結果的には救命の実績が上げられなかったのです。また15年の慰霊祭を迎えたばかりの阪神淡路大震災の際にも、時間との戦いが繰り広げられたのは多くの人の記憶に残っていると思います。

 今回のハイチでも、生存の1つの目安とされる発生後72時間というラインのことは、アメリカのメディアでも大きく取り上げられました。その一方で、温暖な地であることや、閉じ込められた場所に水があったりという条件が幸いして、72時間をはるかに過ぎた現在でも、生存者の救出劇は続いています。ですが、さすがに今から日本の救命部隊が派遣されても恐らく四川の時と同じように、成果はあまり期待できないでしょう。では、もうハイチでの状況は、生と死の戦いの時期は過ぎたのでしょうか? これからは治安や仮設住宅の問題、人口移動や復興の問題などの「社会的対策」に移って行くのでしょうか?

 どうも違うようです。ハイチでは、今現在も多くの人々が生命の危険にさらされています。しかし、それは倒壊家屋の下敷きになった人の救命など一刻を争う問題、つまり「緊急救命」の時間感覚で捉えられるような問題ではありません。もっと緩慢で、しかし深刻な生命の危機が進行しているのです。

 ポルトープランスを中心とするハイチの首都圏には約300万人の人口がいると言われています。今回の犠牲者数は、一説によると20万人を越えるとも言われているのですが、仮にそうだとして、恐らく負傷者はその数倍は発生しているでしょう。その中には内臓破裂や脳挫傷などの重篤なものもあるでしょうが、残念ながらこの種の負傷者で重傷の場合は、既に亡くなっているケースが多いと思われます。一方で圧倒的に多いのが、骨折や裂傷などの「ケガ」です。

 問題はこうした「ケガ」を負った人々なのです。病院施設が、医師が、清潔な包帯や絆創膏が、そして抗生物質が、安全な水が圧倒的に不足する中、骨折や裂傷の患者が何日も放置されているのです。その結果として、手足に壊死が起き始めて、中には敗血症を起こしている患者も多いようなのです。CNNでは、6から7歳ぐらいの負傷した少女の例を取材していましたが、彼女の場合は十分な治療が受けられない中で、足の壊死が始まってしまっていました。診察した医師は、敗血症が進行するのは時間の問題だとして、まだ元気な少女と両親に「死の宣告」を行っていました。彼女の症状は、現在その病院にある設備では救えないというのです。

 そんな中、1つ明るいニュースなのは、地続きであるドミニカが医療サービスの提供を必死で行っていることです。ドミニカは、被災者に対して無料での診療を申し出ていますし、例えば、MLBのヒューストン・アストロズで松井稼頭央選手のチームメイト(一部にはオリオールズ復帰という噂もあるようです)である、ミゲル・テハダ選手は、ドミニカの出身なのですが、私財を投げ打って大量の飲料水や食糧をドミニカ側からハイチに送る行動を始めているそうです。かつては、同じイスパニョーラ島の中で、不仲であったドミニカがハイチの救援に動いているというのは、惨事の中にあって少しだけホッとさせられるニュースに違いありません。

 ですが、更に心配なのは、衛生状態や伝染病に関しては、これから悪化が予想されているということです。とにかく、被災から1週間が経ちましたが、生と死の闘いはまだまだ続いているようです。一部の報道では、日本からの緊急医療チームは首都に入れずに郊外で軽傷者の治療を行っているだけだと言います。その医療チームは26日で一旦は撤収するというのです。その後については、自衛隊が継続的な医療援助を行う検討をしているようですが、自衛隊だけでなく、民間の緊急医療チームも交代で大規模な派遣へと拡大できないのでしょうか。今ならまだ大勢の人が救えるのです。

[2010年01月20日(水)14時22分]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米政権が刑事訴追警告とパウエル氏、利下げ圧力強化の

ワールド

米、重要鉱物の中国依存巡り迅速な対策要請へ G7な

ワールド

イラン抗議デモで死者500人超、トランプ氏「強力な

ワールド

トランプ氏、ベネズエラ石油収入の差し押さえ阻止へ大
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:AI兵士の新しい戦争
特集:AI兵士の新しい戦争
2026年1月13日号(1/ 6発売)

ヒューマノイド・ロボット「ファントムMK1」がアメリカの戦場と戦争をこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した──台湾高官が分析
  • 3
    中国が投稿したアメリカをラップで風刺するAI動画をネット民冷笑...「本当に痛々しい」
  • 4
    Netflix『ストレンジャー・シングス』最終シーズンへ…
  • 5
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 6
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 7
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 8
    【クイズ】アメリカを貿易赤字にしている国...1位は…
  • 9
    飛行機内で「マナー最悪」の乗客を撮影...SNS投稿が…
  • 10
    決死の嘘が救ったクリムトの肖像画 ──ナチスの迫害を…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した──台湾高官が分析
  • 3
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 4
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 5
    中国が投稿したアメリカをラップで風刺するAI動画を…
  • 6
    次々に船に降り立つ兵士たち...米南方軍が「影の船団…
  • 7
    Netflix『ストレンジャー・シングス』最終シーズンへ…
  • 8
    ベネズエラの二の舞を恐れイランの最高指導者ハメネ…
  • 9
    【クイズ】アメリカを貿易赤字にしている国...1位は…
  • 10
    「グリーンランドにはロシアと中国の船がうじゃうじ…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 3
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 4
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 5
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 6
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 7
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した─…
  • 8
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 9
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 10
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中