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孫正義(1957-)
「日本の教育制度や伝統的文化が創造性の芽を摘む」
日本で今、最も注目を集める起業家といえばこの人をおいてないだろう。ソフトバンク社長・孫正義----1981年に同社を設立し、あっという間に一大帝国を築き上げた人物だ。
ソフトバンクは、パソコンソフトの卸売業者としてスタート。その後ビジネスソフト販売、出版、コンピュータ関連の展示会事業と、次々に規模を拡大してきた。
孫は大胆過ぎるのだろうか。8月にはコンピュータのメモリボードの世界最大手、米キングストン・テクノロジー社を15億ドルで買収すると発表したが、アナリストからは負債の大きさを懸念する声も上がった。
孫はマルチメディア分野への参入もめざす。6月には、ルパート・マードック(豪ニューズ・コーポレーション会長兼最高経営責任者)と共同で、テレビ朝日の株の21・4%を取得することで合意した。その孫に本誌のジェフリー・バーソレットが話を聞いた。
----日本の起業家精神を育てるためには、何が必要か。
政府が規制緩和を進める必要がある。たとえば、通信や放送、そして金融の分野での規制が多過ぎる。だが、政府ばかりを当てにしていても始まらない。われわれビジネスマンが、実質的に(規制緩和を)実現させなくてはならない。
----「ソフトバンクは、マイクロソフトと違って新しいものを何も創造していない」という批判についてどう思うか。
ビル・ゲイツはテクノロジーを創造し、提供している。一方、われわれが創造し提供しているのはインフラストラクチャーだ。
自動車の場合を考えてみればいい。車を製造することはとても重要だが、それだけでは何の役にも立たない。道路や信号、(自動車関連の)サービスが必要だ。こうしたインフラがあってこそ、車を走らせることができる。
わが社が創造し、供給しようとしているのは、(コンピュータやインターネットのための)インフラだ。インフラを扱うことがテクノロジーや製品を提供することに劣るとは思わない。どちらも同じように重要なのだ。
----どんな視点から、ソフトバンクの10年後を考えているか。
私は300年先を見越して計画を立てている。テクノロジーはめまぐるしく変わるし、パラダイム・シフトは10年ごとぐらいに起きる。だがインフラの寿命はずっと長い。
技術主導型の企業の場合、規模の拡大はときにマイナス要因となる。大企業は、ある時代の製品技術で隆盛を誇ったことがかえって災いして、次の時代で失速することもある。
だが、インフラを扱う企業では、規模の拡大はインフラを維持するための最も強力な要因となる。どんなに素晴らしい車でも、頻繁にモデルチェンジをする。だが、高速道路や交通システムは、それよりはるかに長もちするのだ。
----日本の教育システムについてどう思うか。
日本は非常に保守的な社会で、その教育システムは大量生産のための精神を育てるのに向いている。
潜在的には、日本人は創造性や攻撃性などに富んでいると思う。だが、教育制度や伝統的文化に抑え込まれて、そうした精神を発揮できないのだ。
----ソフトバンクは、社内を10人単位のチームに細分化しているそうだが。
わが社では、チームごとに毎日、損益を計算している。また、各チームで、キャッシュフローの報告書や貸借対照表も作成している。
おかげで、私は誰に尋ねることなく、わが社が今日どれほどの利益を上げたか正確に把握している。たとえば利益が予算を2%下回ったとしても、どの部署に問題があるのか私は正確に指摘できる。
強いはずの大企業が、多くの問題をかかえているのはなぜか。理由は2つしかないと思う。1つは企業自身が、社が生きるか死ぬかという問題に鈍感になること。会社の規模が大きくなると、社員は安心する。そして必要以上に気を抜き、だれてしまう。
2つ目は、社の発展に社員が無関心になってしまうことだ。組織が大きくなり過ぎると、社員は大きなジグソーパズルの小さな一片にすぎなくなる。努力しようが貢献しようが、社の発展に直接は結びつかない。
長い間に、大企業はお役所と化し、あまりにも官僚主義的になってしまう。これは現在、多くの日本の大企業が感じている問題だ。だから私は、10人単位のチーム制を採用した。そうすれば、社員は「仮想破産」を体験できる。
----「仮想破産」とは?
生きとし生けるもののDNAは、2つの目的のために変化する。1つは生への執着だ。生物は敵から逃れ、そのために姿を変える能力をもつこともある。そしてDNAが進化したものだけが生き残る。
もう一つはセックス・アピールだ。生物は、自分の遺伝子の繁栄のため、より強く、優れた子孫を残してくれそうな異性に引かれる。
私はこのメカニズムをわれわれの組織に取り入れたい。そこで、社の生き残りを強く意識してもらうために、すべてのチームに仮想破産制度を導入した。
1万人の組織なら、誰も自分たちが破産するとは思わない。だが、10人の組織には顧客は少ないし、扱う製品も限られる。簡単に倒産する可能性があるのだ。そこで、社員は商品を売り、新製品を開発し、顧客との問題を解決しないかぎり、10人の生物体の「生命」を維持できないことを実感する。
破産しても、社内にはとても活動的で成長中の「細胞」があるから、失敗したチームを吸収できるし、クビになるわけではない。だからこそ「仮想」破産と呼ぶのだ。
ただし、破産した仮想企業の責任者は、他のチームの平社員となる。働きの足りない責任者は倒産し、もう一度組織の底辺からやり直すということだ。
要は、自分の会社のことを心配する中小企業のオーナーと同じだ。成功すれば見返りは大きいし、失敗すれば何も残らない。
普通のビジネス環境なら、こんなことは日常茶飯事だ。私は社員に、人が生来もつ力、本能的な知性、本能的なやる気を忘れないでほしいのだ。そして、外にうって出て、新しい顧客、新製品、新サービスを見つけてきてほしい。それはそうむずかしくはないはずだ。
べつにロケット科学者になれと言っているのではない。ただ、大企業では、組織そのものがあまりにも複雑で官僚的になってしまう。そして、社員はこうした本能的な行動を忘れてしまうのだ。
[1996年9月11日号掲載]