最新記事

欧米仕込みのニューリーダー

ポスト胡錦濤の中国

建国60周年を迎えた13億国家
迫る「胡錦濤後」を読む

2009.09.29

ニューストピックス

欧米仕込みのニューリーダー

パリ帰りの医師、元アウディのデザイナー……外国帰りの専門家が政府の要職に就き、権力を握り始めた

2009年9月29日(火)12時55分
メアリー・へノック(北京支局)

 周囲の目が比較的気にならないマイクロバスに戻ると、中国の陳竺(チェン・チュー)衛生相(55)は警戒を緩めた。「恥ずべきことだ」。自分の両手を見詰めてささやくように言った。

 北京郊外の保健施設を駆け足で回りハッパを掛けながら、陳は07年6月の就任後の最大の危機を振り返った。「予兆はあった」

 昨年9月に中国の乳幼児が次々に腎臓結石を発症していることを知ったとき、彼が最初に思い出したのは、07年に有害物質メラミンの混入した中国産原料のペットフードでアメリカのイヌやネコが急性腎不全になり死んだ事件だった。

 高タンパク質の優れた製品だと偽装するためにメラミンが混入される問題は、別の食べ物でも発覚するかもしれない。その警告をペットの死は発していたはずだ。

 「あの事件にはあまり関心が払われていなかった」と、陳は語る。「もし管理がもう少しだけ厳しかったら......」

 腐敗した役人は、粉ミルクがメラミンに汚染されている事実を数カ月間、隠そうとした。問題の粉ミルクが市場から速やかに撤去されなかったため、乳幼児6人が死亡、30万人が発症した。

 「『もし』と言っても始まらない」と、陳は続ける。「目の前の現実と向き合わなければならない。われわれは教訓も学んだ」

 バスは次の目的地に到着し、陳は外に出て、笑顔で人々と握手を交わした。

 中国は確かに教訓を学んでいる。2月末には食品安全法を可決。食の安全を指導する組織が内閣レベルで設置されることになり、陳の率いる衛生省は中国の安全基準を向上するという大きなプロジェクトを目指す。

 しかしそれ以上に、陳が反省を示したのは驚くべきことだ。中国のエリート政治家の大半は、断固とした権限を漂わせることに執心する。強要されない限り間違いを認めたりしない。

「権力の言葉を信じるな」

 陳は、過去36年で中国共産党以外から登用された2人目の大臣だ。1人目は07年4月に科学技術相に任命された万鋼(ワン・カン)。2人は、中国政界で今まさに権力を握り始めた世代││より高度な政治手法を取る男性(と少数の女性)――を代表する存在だ。

 彼らの世代は「実用的な専門性を大いに重視し、人脈より実績をこれまでより重視する」と、元米外交官のケネス・ジャレットは言う。党外の人材は中国の政財界で存在感を増している。地方の省に行くと「そういう人にたくさん出会う」と、陳は言う。

 新しい世代の指導者は欧米で教育を受けた人が多く、その影響が強い。万は91年にドイツのクラウスタル工科大学で博士号を取得。自動車メーカー、アウディのシニアデザイナーを務めた。後に中国のクリーンエネルギー研究開発の父となり、電気自動車とハイブリッド車の開発を率いる。

 北京・朝陽区委員会書記の陳剛(チェン・カン)はハーバード大学時代に最先端の管理手法を学んだ。市民の不満への対応に、高い透明性を促している。中国海洋石油総公司(CNOOC)など最も重要な国有企業にも、外国で学んだトップがいる。

 陳竺はパリのサン・ルイ病院で学んだ。現在は衛生相として、食の安全のほか鳥インフルエンザなど伝染病の責任も負い、外国からの関心が特に高い問題を担当する。

 今回の視察ではスーツを着ていた陳だが、物腰はCEO(最高経営責任者)というより、彼自身がかつてそうだった農民のようだ。上海の医師夫婦の息子として生まれ、文化大革命下に10代で江西省の極貧の村へ下放された。「田舎暮らしがかなり長くなる」と悟り、両親に頼み簡単な医術を学んだ。

 初めて手術をしたのは胃潰瘍の女性で、麻酔の用具は鍼しかなかった。この村で70年から75年にかけて「はだしの医者」として働いた。感謝した地元の人民公社は陳を医学校に通わせ、そこで教師になった。

 84年には勉強を続けるためパリに派遣され、開放的な学習を満喫した。年長者に敬意を払う儒教の伝統で育まれた、中国の慇懃な雰囲気とは対照的だった。

 サン・ルイ病院の若い研修医たちは、有名な教師を難問でやり込めようとした。「偉い教授たちは研修医が賢いことを喜んでいた」と、陳は当時の思い出に大笑いする。外国で過ごしたことは「とても幸運だった」。

 80年代に入り、中国から外国に派遣される専門家は増えた。現在40~50代の彼らはテクノクラートとなり、専門家として最も脂が乗っている。

 外国で学んだ人の多くは、自信と自立心あふれる考え方と出合い中国に戻ってきた。03年にSARS(重症急性呼吸器症候群)をいち早く診断した肺の専門医鐘南山(チョン・ナンシャン)は先日、英医学雑誌ランセットで、英エディンバラ大学で学んだことを次のように語った。「権力の言っていることが正しいと、決して信じないこと。自分で見たことだけを信じること」

粉ミルク対応でも称賛

 帰国した陳は、上海の血液学研究所の責任者として頭角を現した。その後、国立ヒトゲノムセンターの所長に就き、訪れる役職者たちを感銘させた。

 衛生相としての評判も世界中で高い。「東洋と西洋の素晴らしい融合だ」と、米食品医薬品局(FDA)のマリー・ランプキン国際特別部門次長は言う。「とても誠実で、地に足が着いている」と語るのは、WHO(世界保健機関)で中国の食の安全を統括するクリス・トゥノンだ。

 外国の専門家は特に、汚染された粉ミルクをめぐる陳の対応を称賛する。「彼の行動は大いなる希望と自信を与えてくれる」と、ランプキンは言う。

 就任から1年半、陳は衛生省の改革に乗り出している。提案した改革に一般の意見を求めるなど、大胆なやり方は「普通ではない」と、WHOで中国の保健政策を担当するサラ・バーバーは言う。

 注目の1つが、病院運営に独立した専門家を投入することだ。「組織が自身を客観的に監視できるとは思えない」と、陳は言う。

 外部から監視を迎えると、さらに多くの非共産党員を公職に就けることになるが、陳によると党幹部は提案を受け入れている。「党外の人材は、とても重要な政治力になると考えられている」

 もちろん、党は真の多元性を受け入れるつもりはなく、まして複数政党による民主主義など考えていない。しかし彼らも中国で最高の頭脳の意見を聞きたいはずだ。

 国が輸出の大幅な減退と成長の鈍化に直面している今、政府の指導者はイデオロギーの純粋主義に固執してはいられない。彼らも現実に直面しているのだ。

[2009年4月15日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国軍が東シナ海で実弾射撃訓練、空母も参加 台湾に

ビジネス

再送-EQT、日本の不動産部門責任者にKJRM幹部

ビジネス

独プラント・設備受注、2月は前年比+8% 予想外の

ビジネス

イオン、米国産と国産のブレンド米を販売へ 10日ご
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台…
  • 6
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 7
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 8
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 9
    イラン領空近くで飛行を繰り返す米爆撃機...迫り来る…
  • 10
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 3
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 7
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中