最新記事

オバマが7870億ドルの景気対策法に署名

金融危機クロニクル

リーマンショックから1年、
崩壊の軌跡と真因を検証する

2009.09.10

ニューストピックス

オバマが7870億ドルの景気対策法に署名

鳴り物入りで成立した景気対策は欠陥だらけ。効果はあまり期待できない

2009年9月10日(木)12時04分
ロバート・サミュエルソン(本誌コラムニスト)

 バラク・オバマ大統領のこれまでの発言を考えると、2月17日に大統領が署名して成立した7870億ドルの景気対策法はひどく期待はずれな内容だ。

 かねてからオバマは、米経済は大変な時期にあると言ってきた。2月9日には「これはよくある不景気とは違う。大恐慌以来最悪の経済危機だ」と語っている。それほど危機感があるのなら、景気対策は経済立て直しに焦点を絞ったものになるはずだ。だが実際はそうはならなかった。その責めの多くはオバマ自身が負うべきだ。

 大規模な景気対策は、経済が破壊的な下方スパイラルに突入した場合にそなえた保険のようなもの。すでに世界的な消費と消費者マインドの冷え込みは厳しい。08年第4四半期はアメリカが年率約4%、日本が約13%、ヨーロッパが約6%とすべてマイナス成長だ。

 それなのにオバマの政治的判断のせいで、アメリカの景気対策は効果の薄いものになってしまった。議会予算局(CBO)の見積もりでは、総額7870億ドルのうち約2000億ドルが使われるのは2011年以降。景気対策の効果が求められる時期よりはるか後だ。

 80億ドルが計上されている高速旅客鉄道の建設計画もその一部だ。「みんながロサンゼルスとラスベガス間に高速鉄道を敷く予算だと言うが、私は何も知らない」と、全国州知事会(NGA)のレイ・シェパック事務局長は言う。どの区間であれ、その決定と設計と建設には何年もの歳月がかかり、景気回復の即効薬にはならない。

大規模工事には即効性がない

 保健情報の電子化も即効性は薄い。CBOによれば09~10年度に使われるのは208億ドルの予算の約3%(5億9500万ドル)だけで、14年度になってようやく142億ドルが支出される。浄水施設の建設費用58億ドルも、今後2年間に使われるのは27%だけだ。

 大規模プロジェクトは実現に時間がかかる。それでも景気対策に盛り込まれたのは、オバマと民主党幹部がこの法律で景気を刺激するだけでなく、多くの政治的優先課題に対処しようとしたからだ。

 オバマは景気対策と政治的課題への対応は両立しうると主張し、連邦機関の建物のエネルギー効率を高める改修工事を例にあげた。「すぐに雇用を創出できる」

 確かにそうだが、大した数の雇用ではない。景気対策法には連邦機関の建物の全面的な改修費用として55億ドルが盛り込まれているが、このうち向こう2年間に支出されるのは23%にすぎない。

 もっと悪いことに、景気対策法の経済へのインパクトは喧伝されているよりもずっと小さい。たとえば代替的最小課税制度(AMT)の是正措置。これにより多くの中流層は節税が可能になり、論理的には09年と10年で850億ドル相当が消費の呼び水になるとされる。

 だが税務政策センターのレン・バーマンは、「景気刺激にはならない」と言う。「(AMT是正措置は)どのみち毎年行われている」。この分を差し引くと対策法の規模は約7000億ドルに縮小する。しかもCBOによれば、その約3割は11年以降に支出される。

地方補助金は使い道を指図

 景気対策の最大の目的は、経済の一定領域の悪化を食い止めるか最小限に抑え、他の領域への波及を防ぐこと。これから危ないとみられているのが、州政府などの地方自治体だ。景気低迷で税収が悪化すれば、大幅な予算不足が生じる。その規模は11年度末までに3500億ドルに達すると、予算・政策研究所(CBPP)は指摘する。州政府は財政収支の均衡を義務づけられているから、支出や雇用を減らすか増税圧力にさらされる。景気は悪化し、悲観的ムードも濃くなる可能性が高い。

 景気対策法はあまり助けにならない。CBPPのニコラス・ジョンソンによれば、同法の資金で州政府が相殺できる財政赤字は40%程度。市町村の場合はもっと少ないだろう。

 地方自治体が自由に使途を決められる補助金を交付して救済を図る方法もありえたが、景気対策法は主に具体的なプロジェクトを追加補助する方法を取る。メディケイド(低所得者医療保険制度)に900億ドル、治安対策に28億ドルといった具合だ。州政府に対する計540億ドルの包括的補助金もあるが、それには一定の使途制限がある。連邦政府は中央集権化を推し進めているようだ。

 こうしたやり方が経済にどんな影響を与えるかはわからない。だがオバマの戦略は、景気対策の経済へのインパクトを抑制してしまっている。財政支出が先延ばしになることで、効果は小さくなる。景気対策法を無関係な政治目標に利用することで、オバマは景気回復を遅らせている。

 政治プロセスから政治の要素を取り除くことはできないが、景気対策法では政治が実際的な経済政策をないがしろにした。共和党の支持を取りつけるために、景気刺激の効果を薄める変更(AMT是正策など)も盛り込まれた。

 こんな欠陥だらけの対策で効果を発揮できるのか。オバマは巨額の税金をドブに捨てた大統領ではなく、米経済復活の立役者となれるのか。大きな賭けだ。

[2009年3月 4日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

焦点:トランプ税制法、当面の債務危機回避でも将来的

ビジネス

アングル:ECBフォーラム、中銀の政策遂行阻む問題

ビジネス

バークレイズ、ブレント原油価格予測を上方修正 今年

ビジネス

BRICS、保証基金設立発表へ 加盟国への投資促進
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 4
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 5
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 6
    ワニに襲われた直後の「現場映像」に緊張走る...捜索…
  • 7
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 8
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた…
  • 9
    吉野家がぶちあげた「ラーメンで世界一」は茨の道だ…
  • 10
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 1
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 2
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 3
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 4
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 5
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 6
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギ…
  • 7
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 8
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 9
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 10
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 7
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 8
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 9
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 10
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中