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米医療保険改革
オバマ政権の「国民皆保険」構想に
立ちはだかるこれだけの難題
ヒラリー、15年目の総決算
初の女性大統領をめざすヒラリー・クリントンが、かつて自信満々で臨んだ医療保険改革に失敗した理由
完璧主義 ファーストレディー時代にめざした医療保険改革は、ゴリ押しが災いして頓挫(94年) Reuters
ヒラリー・クリントン上院議員は過去の経験から、「変化」というキーワードの大切さを肌で知っている。1992年の大統領選挙で、夫ビル・クリントンの選挙参謀ジェームズ・カービルは「変化vs現状維持」という対立軸を強調する戦術を展開。ビルは同年、現職のジョージ・ブッシュ(父)を破って当選した。
ヒラリーが戦う民主党大統領予備選の序盤は、それと逆の様相だった。ライバル候補は彼女に現状維持のレッテルを張り、自分を変化の旗手として売り込んだ。バラク・オバマ上院議員は記者団にこう語った。「前へ進みたいんだ。後ろを向いている場合じゃない。有権者もそう感じている」
確かに有権者は現状にいらだち、怒りをつのらせている。世論調査でトップを独走するヒラリーとしても、「変化」の看板を他候補に譲るわけにはいかなかった。さもないと、変化の象徴を自任するオバマや、大衆迎合的な人気取りに走るジョン・エドワーズ元上院議員に支持を奪われかねない。
「オバマとエドワーズが『変化vs経験』という誤った対立軸を宣伝するのをみて、ヒラリー陣営は気づいた」と、選挙対策本部に近い筋は匿名を条件に言う。「そうだ、これはヒラリーの強みを強調できる絶好のチャンスじゃないか、と」。つまり、ヒラリーには「変化を実現するための経験」があるということだ。
ヒラリー陣営はワシントンの政界に15年いる女性でも変化の旗手になれるように、言葉の再定義に取り組んだ。そして9月初め、ヒラリーは演説でこう主張した。「体制の内部で働いてこそ、変化を実現できる。体制を無視する態度は何も生み出さない」
ヒラリーは一貫して体制内で頑張るタイプだった。父親は保守派の実業家ヒュー・ローダム。少女時代は共和党保守派の政治家バリー・ゴールドウォーターの著書『保守の良心』を座右の書にしていた。同じベビーブーム世代の仲間たちが麻薬を吸ったり、大学をドロップアウトするのを尻目に、ヒラリーは名門女子大ウェルズリー大在学中に学生自治会の議長に立候補。その後、エール大学法学大学院に進学した。
歴代大統領との類似点はいくつもある
ファーストレディー時代に医療保険制度改革法案の取りまとめ役になったときは、体制内のルールを軽視して夫と自分の政治生命を危機に陥れた。その後、上院議員になってからは目立つことを避け、ルールを守って過去の失敗を挽回した。
民主党の大統領候補に決まれば、右派は再び「過激な左派」のレッテルを張るだろう。だが、「まじめな頑張り屋」というヒラリーの本質は今後も変わらないはずだ。
その本質ゆえに、ときには「正義」を振りかざす独善的な活動家にもなる。93年の医療保険制度改革法案の失敗がいい例だ。だが政治経験を重ねるにつれて、失敗から学ぶ能力も身につけたようだ(9月半ばに発表した新しい医療保険の改革案は、大胆だが決して過激ではない)。
当時と比べれば「はるかに多くの経験を積み、政府に何ができるか、どんな制約があるかも理解している」と、ヒラリーは本誌に語っている。
ヒラリー・クリントン大統領――まだピンと来ないかもしれないが、ヒラリーはあらゆる世論調査で2位のオバマに大差をつけている。討論会ではほぼ毎回、他候補を上回る評価を受け、規律のとれた選対スタッフを率いて効果的な選挙戦を展開中だ。
一方、共和党の予備選でジョージ・W・ブッシュ大統領の後継者に名乗りを上げた有力候補の顔ぶれは、モルモン教徒のミット・ロムニー前マサチューセッツ州知事、俳優出身のフレッド・トンプソン元上院議員、そして強さと頑迷さが同居するルドルフ・ジュリアーニ前ニューヨーク市長。いずれもブッシュ後のアメリカに変化をもたらすタイプではない。大統領選の本番を1年後に控えた段階で、意外にもヒラリーは本命候補に躍り出たようだ。
では、もし大統領に当選したら、ヒラリーはどんな統治スタイルを取るのだろうか。これまでの15年間を振り返ると、歴代の大統領との類似点がいくつもある。
硬直したイデオロギーと部下の忠誠心にこだわる一面は現大統領ばり。リチャード・ニクソン並みの秘密主義やパラノイア(偏執症)めいた姿勢を見せることもあった。一方で、高い状況適応能力を示し、「政治に完璧を求めてはいけない」という鉄則を受け入れた点は夫と共通する。
取り澄ました正義の闘士からパラノイア的な大統領夫人、中道派の上院議員、有力な大統領候補へ――この軌跡をたどれば、当選後の統治スタイルが見えてきそうだ。