最新記事

リーダーが消えた国ニッポン

世界が見た日本政治

政権交代をかけた総選挙が迫っている 混迷するニッポン政治の出口は

2009.07.21

ニューストピックス

リーダーが消えた国ニッポン

指導力を取り戻し、「ミドル・パワー」国家にならなければ未来はない

2009年7月21日(火)19時32分
リチャード・サミュエルズ(マサチューセッツ工科大学教授)

 高級店が立ち並ぶ東京・銀座のど真ん中に火星人が舞い降りて、「この国のリーダーに会わせてくれ」と言ったとする。20年前なら彼はいろいろな場所に連れていかれただろう。天皇のいる皇居かもしれないし、どこかの官庁の大物官僚のところかもしれない。国会の有力政治家や、大企業の社長に引き合わされた可能性もある。

 だが今そんな質問をされたら、ほとんどの日本人は困惑するだけだろう。火星人はがっかりして消えてしまうに違いない。

 現在の日本にはリーダーがいない。天皇はストレスが原因とみられる体調不良を訴えているし、役人たちの信頼は地に落ちた。政治家はどうしようもないほど無能で、ビジネスエリートたちは経済を立て直せずにいる。どこを見ても責任者らしき人物は見当たらない。

 皮肉なことに、日本は伝統的に有能なリーダーを輩出してきた。歴史の重要局面では先見の明のある人物が登場して、新しい時代を切り開いたものだ。西洋列強に開国を迫られた19世紀や、戦争に負けた20世紀半ばがそうだった。

 今世紀初めには、小泉純一郎が最大の支持を集めて最大の功績を残した。だが今はそうした人物がまったく見当たらない。麻生太郎首相の支持率も、野党の支持率も低水準にあえいでいる。民主党はつい最近まで次の総選挙で政権交代が確実とみられていたが、小沢一郎代表の公設秘書が政治資金規正法違反容疑で逮捕されて以来、勝利は絶望的になった。社民党や共産党といった左派は90年代に影響力を失っている。

 もっと悪いのは、麻生や小沢に代わるまともな指導者がいないこと。本物の「一匹狼」はどこにもいない。いるのは欠点を批判するばかりで、建設的なアイデアを示すことのない偽者ばかりだ。

「世界に貢献」は口ばかり

 日本はリーダー不在による高い代償を払っており、その額は増え続けている。08年第4四半期のGDP(国内総生産)成長率は年率換算でマイナス12・7%を記録した。アメリカやヨーロッパの2倍だ。5000万件の年金記録紛失で官僚に対する国民の不信は急激に高まり、日本の国債発行残高は経済の全体的な規模を考えればアメリカの2倍以上に達している。今や優秀な若者は官僚になどなりたがらない。

 世論も憲法改正や健康保険制度、年金、利益誘導型政治、そして経済政策をめぐって大きく割れている。だが対立する意見の橋渡しをする指導者はいない。

 外交も同じ。日本政府はかねてから「普通の」国になりたいと主張してきたが、その態度は相変わらず普通ではない。アメリカをはじめとする主要国は08年秋以降、相次いでソマリア沖の海賊対策に乗り出した。日本は煮え切らなかったが、中国海軍の派遣が決まるとお決まりの「わが国も」外交が突然動きだし、海上自衛隊の艦船が現場に急行した。過去に何度も見たことのある光景だ。

 日本政府は何十年間も「日本は世界に貢献する意欲がある」と主張してきたが、現在国連平和維持活動に参加している自衛隊員は39人だけ(中国は2146人)。防衛予算も減り続けており、GDP比で0・9%未満とG8(主要8カ国)のなかで最低だ。自民党は、領域外で攻撃された同盟軍を自衛隊が守ることを認めるための憲法改正を諦めたようにみえる(もし本当に自衛隊が米軍を見殺しにしたら、日米同盟は崩壊しかねない)。

中国の台頭で影響力低下

 確かに日本は、世界の安全保障で指導的役割を果たすべき絶対的な必要に迫られているわけではない。5兆ドル規模の経済があれば、ある程度の安全保障は買うことができる。

 大国として振る舞うことも求められていない。アジアの近隣諸国は侵略の過去を忘れておらず、日本を「普通の国」とは懸け離れた国に戻す扇動的な政治家にひどい目に遭わされるより、リーダー不在のほうがましと思っている。

 日本はこのままでもやっていけるかもしれない。だが中国が発言力を強め、米中の関係改善が進むなか、経済的にも政治的にもその影響力は弱まる一方だろう。

 日本を「ミドル・パワー(中程度の影響力を持つ国)」に変えるのにもリーダーシップは必要だ。日本国民が、そして世界がそれを待ち望んでいる。

 (筆者はマサチューセッツ工科大学の国際問題研究センター所長で、同大学日本プログラムの創設者)

[2009年4月22日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

英消費者信頼感、11月は3カ月ぶり高水準 消費意欲

ワールド

トランプ氏、米学校選択制を拡大へ 私学奨学金への税

ワールド

ブラジル前大統領らにクーデター計画容疑、連邦警察が

ビジネス

カナダ、63億加ドルの物価高対策発表 25年総選挙
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 5
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 8
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 10
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中