最新記事

歩いて踊ってエコ発電しよう

コペンハーゲン会議
への道

CO2削減と経済成長のせめぎあい
ポスト京都議定書の行方は?

2009.07.03

ニューストピックス

歩いて踊ってエコ発電しよう

運動エネルギーを電力に換える技術の研究が進んでいる

2009年7月3日(金)12時35分
ソフィー・グローブ

 フィットネスジムのランニングマシンで走ることがエネルギーの浪費だと思う人は、イギリスの科学者スティーブ・ビービーの話を聞くべきだ。サウサンプトン大学に所属するマイクロマシン(超小型機械)の専門家であるビービーは、電気に転換できるはずのエネルギーが無駄にされるのが我慢できない。9年前から、運動エネルギーを電力に転換して電子器具に供給する方法を研究してきた。

 サウサンプトン大学の彼の研究チームは、工業機械の余分な振動を電力に転換する装置を開発した。彼らに言わせれば、世界は可能性であふれている。電車の振動や人体の関節、ラッシュアワーの通勤客の一歩だって小さな、しかし再生可能なエネルギー源になりうる。

心臓の鼓動も電源になる可能性

 エネルギー再利用の原理自体は新しいものではない。自転車の不格好な発電機を思い出してほしい。自動巻き時計も1770年代に発明された。最近では、急増している携帯型データ収集端末に電力を供給する必要もあって、この技術に注目が集まっている。原理は単純。物体の振動で磁石を動かし、銅のコイルに電流を生じさせる。こうして、運動エネルギーの約30%を電力に転換できる。

 電力の大きさにすればマイクロワット単位とわずかだが、小さな装置の電力源としては大きな可能性がある。たとえば環境センサーや、橋にかかる圧力を調べる加速度計、交通状況追跡システムだ。これらの装置のバッテリーは高価なうえに、交換がむずかしい。

 この技術はここ数年、医療や軍事、機械工業の分野への応用も進んでいる。インペリアル・カレッジ・ロンドンの研究チームは、心臓の鼓動から電力を得るペースメーカーを開発中だ。この装置が小さなバッテリーを常に充電し、鼓動が弱まると作動する。

 「明るいときに太陽光で充電し、暗いときに使える懐中電灯に似ている」と、研究を指揮するポール・ミチェソンは言う。まだ試作の段階だが、彼は「現在使われている物のように、6、7年おきに複雑な手術をして取り換える必要はなくなる」と期待する。

 早くもこの技術を採用したグリーン企業がある。ロンドンのナイトクラブ「バー・スーリヤ」はダンスフロアで踊る客のエネルギーを集めている。床材の下に透明な圧電素材が敷いてあり、踏むたびに小さな電流が発生する仕組みだ。電気代はかなり節約できる。

 このような素材は現在、高価すぎて割が合わない。しかし価格が下がれば、混雑する駅や空港で使われると専門家たちは考えている。「ラッシュ時には何百万もの人が地下鉄を利用する。その全員がエネルギー潜在力をもっている」と建築事務所ザ・ファシリティーのスティーブン・フィッツウィリアムは言う。

 同事務所は最近、イギリスの鉄道用線路を所有するネットワーク・レール主催の設計コンペを制した。ロンドン橋近くの陸橋に圧電装置を設置し、通過する電車の振動から電流を取り出し照明に利用するプランだ。電車の騒音を軽減する効果もある。

兵士もバッテリー携帯が不要に

 人間の歩行も発電に利用できる。カナダのサイモン・フレーザー大学の研究チームは、人間の膝関節から電力を得るエネルギー回収機を作り出した。整形外科で使用するひざのサポート器具のように見えるが、使用者が気づかないうちに電力を起こせる。

 「ハイブリッドカーのブレーキ発電に似ている」と、開発に従事した運動生理学者マックス・ドネランは言う。「ひざが曲がる動きで発電機を働かせる。とても経済的で、1分間に13ワットの電力を得られる場合もある」。それなら、携帯電話の30分の通話に十分だ。

 しかし研究チームが想定するのはむしろ、電池の必要な人工器官などの医療器具、あるいは兵士が使う装備での使用だ。「戦場では15キロものバッテリーを携帯する場合もある」とドネランは言う。「兵士たちにとって、バッテリーは水や食料と同様の必需品だ」

 このような電力回収技術は、数年後にはiPodや携帯電話などの小型装置にも使われるようになるかもしれない。高圧電力の供給には役立たないと専門家はみているが、環境に配慮したいという人々の願いは強い。

 フィットネスジムが発電所を兼ねたり、エコを気取った映画スターがひざに発電機をつけたりするようになるのは、そう遠いことではないかもしれない。

[2008年12月24日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 8
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 9
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必…
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中