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2009.06.26

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文明の衝突へのカウントダウン

強硬派大統領を誕生させた新支配層はアメリカとの全面対決を本気でねらっている

2009年6月26日(金)12時31分
アミール・タヘリ(ケイハン紙元編集主幹)

 ハーバード大学のサミュエル・ハンチントン教授の『文明の衝突』の海賊版が、テヘランで翻訳・出版されたのは8年前のこと。当時、出版社の下に発行部数の半分にあたる1000部の一括注文が舞い込んだ。

 まもなく1台の軍用トラックが本を引き取りにやって来た。トラックの所属は、イラン軍の中核組織、イスラム革命防衛隊。このとき本を手にした防衛隊関係者のなかにはマフムード・アハマディネジャド現大統領も含まれていた。

 欧米はイランをひどく誤解している。欧米諸国の新聞を読むと、まるで核問題が現在の外交危機の原因であるかのようだ。しかし真の原因は、自国の理想に合わせて中東の政治地図を塗り替え、アメリカとの間に「文明の衝突」を起こそうとするイランの決意だ。

 イランの現体制に対する欧米の見方も正しくない。イランの支配層は欧米との和解に反対する「保守派」と、国際社会への復帰に熱心な「穏健派」に分裂していると、欧米ではみられている。

 だが、アハマディネジャドが圧勝した大統領選の結果からもわかるように、今のイランで真の権力を握っているのは79年のイスラム革命後に設立された革命防衛隊だ。

 革命防衛隊は元は民兵組織だったが、ホメイニ師への忠誠を誓う一大勢力となり、正規軍とともにイラン軍を構成するようになった。さらにイスラエルやアメリカ、イラクなどの敵国で活動する反体制派の暗殺などのテロ作戦を行っており、有事の際にはハシジという志願制の民兵組織を動員する能力をもっている。

 モハマド・ハタミ前大統領が世界中を回り、ホッブズやヘーゲルを引用して欧米の聴衆に語りかけている間に、革命防衛隊はイラン全土に草の根のネットワークを張りめぐらせ、政治組織を設立して若い世代の軍人や公務員、経営者や知識人を引きつけた。

 03年には、首都テヘラン市議会を握り、アハマディネジャドを市長の座に就けた。その2年後には、アハマディネジャドを大統領候補として擁立。伝統保守派の宗教指導者層を代表するハシェミ・ラフサンジャニ元大統領を破って当選した。

聖職者の支配は終焉へ

 アハマディネジャドの勝利は、聖職者による支配が終わりつつあることを示している。宗教指導者ではない大統領の誕生は81年以来。アハマディネジャドは貧しい生い立ちと大衆受けするスローガンを武器に、権力者の腐敗に失望した貧困層を中心に広範な支持を獲得した。

 欧米、とくにアメリカにとって問題なのは、アハマディネジャドが前任者よりずっと手ごわい敵になるとみられていることだ。新大統領は先日、イランの過激なイスラム思想の「輸出」を進めると宣言したうえで、中東の覇権は「イラン固有の権利だ」と力説した。

 欧米では口先だけの強がりと受け取られるかもしれないが、イランはイスラム世界の歴史の中で、常に指導的な役割を演じてきた。

 大西洋からインド洋まで続く「イスラムの弧」の中心を占めるイランは、イスラム圏最大の経済を誇り、軍事力も最強だ。さらに原油価格の急騰で、豊富な石油資源の価値はますます高まっている。

 状況はアメリカとの全面対決に向かっているが、イランは自信たっぷりにみえる。その自信を支えているのが、過去の経験だ。

 過激派の学生がテヘランの米大使館を占拠した79年、アメリカは外交ルートを通じて弱々しい抗議を表明しただけだった。83年にはレバノンのベイルート郊外で、イランの影響下にある過激派が米海兵隊宿舎に自爆攻撃を行い、241人を殺害した。ビル・クリントン前米大統領はイランへの制裁を口にしたが、後に「過去の誤り」を謝罪している。

対テロ戦争の意外な勝者

 ジョージ・W・ブッシュ大統領の対テロ戦争も、結果的にイランの立場を強化した。イランの東と西にいた敵、イラクのバース党とアフガニスタンのタリバンは、いずれも権力の座を追われた。

 米政府の圧力を受けたシリアがレバノンから手を引いたおかげで、同国に残る主要な外国勢力はイランだけになった。民主主義の拡大を唱えるブッシュの政策は、伝統的な親米国家でイランのライバルでもあるサウジアラビアやエジプトの力を弱体化させている。

 そして核問題でも、イランは有利な立場にあるようだ。EU(欧州連合)は先日、イランがウラン転換作業を再開したことを受けて交渉を打ち切った。

 だが国際原子力機関(IAEA)は先週、イランで2年前に検出された濃縮ウランは、パキスタンから輸入した装置にもともと付着していたものだったとする報告書をまとめた。イランの核問題は9月に国連総会で取り上げられる予定だが、この新事実は論議の行方に大きな影響を与えそうだ。

 一方、アメリカは傍観者を決め込むか、他国の対応を非難するだけで、まだ一貫した対イラン政策を確立できていない。こうみてくると、核問題の見通しは明るいとはいいがたい。イランの新エリート層は、アメリカは遠からず中東から出ていくと確信している。

核武装を止められない?

 イランは今後、ブッシュの退任を待つ戦略を取る公算が大きい。当面は交渉を膠着状態に持ち込む一方、イラクとアフガニスタンでアメリカ人の犠牲者をできるだけ増やし、パレスチナ問題の解決を阻み、中東民主化を妨害しようとするはずだ。ワシントンのネオコンは、イラン内部の体制変革を期待しているようだが、その可能性はまずない。

 とはいえ、巧みな外交を通じてある種のデタント(緊張緩和)を実現できる可能性はある。それには、対米関係の改善や体制保証と引き換えに、イランが核開発やテロ支援を中止するといった大がかりな取引よりも、個別の問題を話し合うほうが効果的だろう。

 問題は、イラン政府がなんの圧力も感じていないことだ。原油価格高騰のおかげで、今では1日2億ドル近い大金が国庫に入り、社会・経済問題の解決に多額の資金を投入できるようになった。

 それに08年の米大統領選をにらんだ動きがヒートアップするにつれて、有権者の関心が低い外交問題への注目度は低下する。その間にイランは、核武装かそれに近い段階まで進んでいるはずだ。

 つまり次の米大統領は、さらに大がかりな取引をもちかけるか、イラクやアフガニスタンよりはるかに強大な敵との戦争を覚悟するかの悩ましい二者択一を迫られる可能性がある。ハンチントン教授は、自分の著作が招いた予期せぬ結果について、じっくり考えることになるかもしれない。

 (筆者はイスラム革命以前、イランの代表的日刊紙ケイハンの編集主幹を務めていた。現在はアメリカの広報企業ベナドール・アソシエーツのメンバー)

[2005年9月 7日号掲載]

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