最新記事

イスラムとヒンドゥー2つの世界の狭間で

巨象インドの素顔

世界最大の民主主義国家
インドが抱える10億人の真実

2009.06.19

ニューストピックス

イスラムとヒンドゥー2つの世界の狭間で

インド社会の課題は少数派に成長の恩恵を行き渡らせることだ

2009年6月19日(金)16時15分
サミール・レディ(ムンバイ支局

 11月26日の夜、ムンバイで同時多発テロが勃発する少し前、私の親友でテキスタイルデザイナーのクルスナ・メータは市内の有名百貨店で新ラインの発表会を行った。

 メータが手がけた美しいクッションや食器類は、ムンバイならではの魔法のような魅力でいっぱいだった。「多くの人がやって来て、次々に買ってくれた」と、彼は語った。「(発表会の終了後)食事をしようとタージマハル・ホテルへ向かったが、途中で気が変わったんだ」

 メータは地元のクラブへ行くことにした。「そのとき、最初の爆破音が聞こえた。何が起きたのかわからなかった」

 皮肉な話だ。人々がムンバイの精神と新生インドをたたえようとメータの発表会に集ったのは、ほんの1時間前。そのさなかにも、ムンバイとインドを引き裂く計画が着々と進行していた。

 インドの急激な経済成長や消費欲旺盛な中流階級の登場は近年、世界のメディアをにぎわせてきた。だが今回のテロは成長の維持が簡単ではないことを明らかにした。成長の継続にはあらゆる国民、とりわけ少数派のイスラム教徒に恩恵を行き渡らせることが不可欠だ。

 めざましく台頭する世界最大の民主主義国で、約1億5000万人のイスラム教徒が暮らすインドは、欧米化社会とイスラムという二つの世界をかかえ込んでいる。

 こうしたインドが、異なる価値観の橋渡し役を担えるなら理想的だ。だが現実には、少数派として軽視されるイスラム教徒が成長から取り残され、過激化の度合いを強めている。イスラム教国である隣国パキスタンとの緊張した関係も、持続可能な成長の障害だ。

分裂こそが犯人のねらい

 インドの未来は、社会階層や宗教の違いに伴う格差を縮め、パキスタンと恒久的な和平を築けるかにかかっている。失敗すれば、ダメージは全世界に及び、インドは現在にもましてテロの標的となるだろう。治安強化の取り組みは欠かせないが、イスラム教徒に効果が及ぶ投資にも力を入れるべきだ。

 9・11テロと同様、今回のテロには発生直後から陰謀説がつきまとっている。事件の前週、ムンバイのコラバ地区(9月にパキスタンの首都イスラマバードで起きたホテル爆破テロ事件以来、厳重な警戒態勢が敷かれていた)の警備がなぜか解かれたとの話を、私は複数の友人から聞いた。来春に予定される総選挙を有利に運ぼうともくろむ政治家や、汚職がはびこる警察の関与もささやかれている。

 ある友人は、犯人たちは嘘をついていると言った。インド南部ハイデラバードの出身だと自称しているが、そのアクセントは明らかに、パキスタンのパンジャブ州出身者のものだという。

 当局は今後、事件の全容解明を掲げて捜査に乗り出すだろう。いずれにしても、事件に関するこの手の憶測は、イスラム教徒とヒンドゥー教徒が隣り合わせで暮らすインドにとって命取りになりかねない。それこそが犯人たちのねらいのはずだ。彼らはイスラム教徒とヒンドゥー教徒の不和をかき立て、インドとパキスタンの関係改善の動きを危険にさらそうとしている。

 今回の悲劇は、貧困や教育機会の欠如、法律上の不平等といったテロの遠因の解決を訴える警鐘になった。犯人がインド人だろうが、パキスタンや中東から来た者だろうが、彼らの動機は疎外された生活に根ざしている。

ムンバイ人の魂は死なない

 インドの将来は事件にどう対処するかで決まる。「私たちvs彼ら」という構図を描き、国内のイスラム教徒またはパキスタンが「彼ら」であると主張すれば、いずれ手痛いしっぺ返しを食らうだろう。

 国際社会による責任の共有を訴えるバラク・オバマの米大統領就任が迫り、金融危機で各国の相互依存が明らかになった今、変革は可能だという希望を世界は手にしている。今こそ変革のために動かなければ、ムンバイの事件は暴力の連鎖が生んだ新たな事例の一つにすぎなくなる。

 マンハッタンの住民もムンバイの市民も、進歩を生み出す人間の可能性を信じている。だが進歩とは限られた人ではなく、多くの人のためのものであるべきことは忘れられがちだ。

 あの夜、私の親友は無事に家へ帰った。眠りに就いた彼は、生き生きとしたムンバイの夢を見たかもしれない。混沌と喜びこそがこの町の精神。めげないムンバイ魂が、経済的にも宗教的にも遠くかけ離れた国民を一つにしてくれると信じている。

[2008年12月10日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ロシア政府系ファンド責任者、今週訪米へ 米特使と会

ビジネス

欧州株ETFへの資金流入、過去最高 不透明感強まる

ワールド

カナダ製造業PMI、3月は1年3カ月ぶり低水準 貿

ワールド

米、LNG輸出巡る規則撤廃 前政権の「認可後7年以
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 8
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 9
    【クイズ】2025年に最も多くのお金を失った「億万長…
  • 10
    トランプが再定義するアメリカの役割...米中ロ「三極…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 7
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中