最新記事

ムンバイテロを招いた3つの失敗

巨象インドの素顔

世界最大の民主主義国家
インドが抱える10億人の真実

2009.06.19

ニューストピックス

ムンバイテロを招いた3つの失敗

PR不足、縦割り情報機関、イスラム差別──すべては政府の責任だ

2009年6月19日(金)16時14分
スミット・ガングリー(米インディアナ大学アメリカ・グローバル安全保障センター所長)

 先週ムンバイを襲った悲劇を見て、世界はようやくインドのテロ問題に気づいたようだ。だがこれは決して新しい問題ではない。

 インドでは04年以降4000人近くがテロの犠牲となってきたし、とくに最近の事件は政治にも経済にも大きなコストを強いてきた。だが政府のこれまでの対応はひどく冷淡なものだった。犠牲者に哀悼の意を示し、犯人逮捕を約束するばかりで、テロの脅威を縮小するような一貫性のある戦略を策定することはなかった。

 インド政府の無能さは三つの点で歴然としている。第一に、自国がテロの重大な被害者であることを世界にアピールしてこなかった(統計的にはイラクに次いで世界で2番目に多くの犠牲者を出している)。

 第二に、テロとの戦いに必要な制度や組織の改革を怠り、テロ対策に十分な資金や人員を投じてこなかった。第三にインド政府は、テロの性質が変化して少なくとも一部は「国産」になっているという事実を(少なくとも最近まで)否定してきた。

 まず最大の過ちを見てみよう。インドは自国が深刻なテロ問題に直面していることを国際社会に印象づける努力をしてこなかった。ここ数年のすべてのテロ事件が、外国勢力と関係していたわけではない。だがパンジャブ州とカシミール地方で起きたテロ事件の多くはそうだった。その場合の外国勢力とはパキスタンだった。

 だがインド政府はパキスタン当局の関与を対外的に証明する努力を怠り、説得力のまったくない粗雑な表現で訴えるだけだった。ムンバイで同時多発テロが起きた今でさえ、犯人を宿敵(つまりパキスタン)と結びつける大量の状況証拠を明確に提示していない。

 対外的なPRに失敗したつけは大きい。アメリカやイギリスをはじめとするパキスタンの主要支援国は、インド国内の武装過激派への支援をやめるようパキスタン政府に十分な圧力を加えてこなかった。

 PRの失敗は、政府内部の機構問題ともつながっている。インドの情報機関には、対外活動を中心とする研究・分析局(RAW)と国内中心の情報局(IB)があるが、両者は長年対立してきた。その結果さまざまなテロ組織に関する重要情報が十分共有されてこなかった。しかもIBは慢性的な人員不足でまともな活動ができていない。

 9月にニューデリーで連続爆弾テロが起きたときは、さすがに政府もテロ対策専門機関の新設を検討したが、実現に向けた具体的な努力はされずじまいだった。

 こうした怠慢の結果、インドの政治家は手探りの活動を強いられてきた。なにしろテロの警告といった情報がきちんと報告されてこないのだ。警察も事前情報が入ってこないため、何度となく不意打ちを食らってきた。  実際に危機が起きたときも、対応のスピードはひどく遅い。ムンバイの同時多発テロで精鋭の特殊部隊が現地入りしたのは、発生から9時間もたった後だった。

政府に反発するイスラム教徒も

 さらにインド政府は、テロ問題の根の少なくとも一部が国内にあるという事実から目を背けてきた。インドに住む約1億5000万人のイスラム教徒は世界的なジハード(聖戦)の呼びかけには影響されないと、政府は長い間主張してきた。

 政府当局者は認めたがらないが、インドに住むイスラム教徒は日常生活のさまざまな側面で大きな差別を受けている。たとえば彼らは全人口の14%を占めるのに、行政機関の幹部に占める割合は約3%にすぎない。二級市民扱いされたイスラム教徒の一部が、国家機構への不信感をつのらせ、政府に対して暴力的な行動を取るようになったのも当然だ。だが政府指導層はこうした事実に正面から向き合うことを拒否してきた。

 これらすべてを変える必要がある。今回の同時多発テロは、その規模、大胆さ、悪質さにおいてインドでは前例のないものだ。今までのように政府が犠牲者に哀悼の意を示し、関係者の処罰を約束するだけではすまないだろう。

 インド政府は複数の分野で素早い行動を起こす必要がある。情報収集体制を見直し、都市部の警備を強化し、イスラム教徒の怒りを静める政策を立案することだ。それに失敗すれば、国を引き裂こうとする連中が再び攻撃を仕掛けてくるだろう。

[2008年12月10日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 8
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 9
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 10
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中