最新記事

金正日の意図を読み解くカギ

北朝鮮 危機の深層

核とミサイルで世界を脅かす
金正日政権

2009.05.26

ニューストピックス

金正日の意図を読み解くカギ

北朝鮮の核・ミサイル実験の狙いを分析するために不可欠な情報源とは

2009年5月26日(火)18時58分
横田 孝(本誌記者)

09年5月10日に朝鮮中央通信が配信した、工場を視察する金正日の写真(実際の撮影日時は不明) KCNA-Reuters

 北朝鮮には、どうやらアメリカの祝日に水を差したがるという妙な癖があるらしい。06年には7月の独立記念日の直前にミサイル発射実験を強行。そして今週の25日、戦没将兵追悼記念日の連休中に二度目の核実験を行った。

 それが意図的か偶然かはともかく、北朝鮮の狙いについて各メディアでさまざまな分析がされている。たとえば金正日(キム・ジョンイル)総書記の健康不安説や後継者問題で体制の引き締めを念頭に実験を行った、という見方だ。理にかなった分析かもしれないが、北朝鮮の内政については確固たる証拠がほとんど入手できないのが現状だ(仕方がないことでもあるが)。

 アメリカ人の学者や元外交官が訪朝し、北朝鮮の外交当局と会談した内容を大々的に発表することがある。その時の北朝鮮の現状や姿勢を判断する上で一つの材料ではあるが、100%の信憑性があるかどうかは微妙だ。
 
 例えば1月半ばに訪朝したアメリカの北朝鮮問題専門家セリグ・ハリソンは、北朝鮮がプルトニウムを「兵器化」したと発言したが、「兵器化」という表現が具体的に何を指しているのかは不明のままだった。仮に核弾頭の小型化に成功したというメッセージだったとしても、大方の軍事アナリストは北朝鮮にそこまでの能力はまだないと見ている。

「北朝鮮に都合のいい情報を吹き込まれているだけなのに、『スクープだ!』とはしゃぐやからがたまにいるが、あまり信用しないほうがいい」と、ある元米外交官は指摘する。

カギは北朝鮮外務省声明文

 では北朝鮮の意図を分析するにあたって、何が信頼できるのか。長年の対北交渉経験のある外交官らがもっとも信憑性があるとする情報源は、北朝鮮外務省や軍部の声明文だ。一見するとアメリカや日本、韓国の「敵視政策」に対する罵詈雑言や「衛星を軌道に乗せた」などの虚勢も確かにあるが、声明には北朝鮮指導部の本音や立場がはっきりと示されている。

 これらの声明文をさかのぼると、北朝鮮指導部内で軍部が主導権を握り、金正日の意思決定において発言権が増したことが読み取れる。実際、今年初めから軍部が声明を発表する機会が格段に増えている。

 例えば、今年のミサイル実験の直前の3月末、北朝鮮は国連安保理がミサイル実験に対する非難決議を採択すれば「敵視政策に対抗するための抑止力を強化し、これまで進めてきた朝鮮半島の非核化プロセスをすべて現状復帰させ、必要な対抗措置を取る」と表明していた。つまり、「無能力化」が進められていた寧辺の核施設の復旧と、核開発計画の前進だ。

 また、北朝鮮はこれまでの6カ国協議や米朝交渉で要求を変えているようにも見えたが、実際には見返りの要求は事前に声明で発表されていたケースがほとんどだ。

 軽水炉2基の建設や米朝間の国交・通商関係の正常化、在韓米軍の撤退と韓国の領土内に米軍が核兵器を持ち込まないことの確約など──これらはすべて、過去数年の声明に明記されている。交渉ごとに見返りを吊り上げているように見えるが、要求の優先順位をその都度変えたり、一度引っ込めた要求を再びもち出しているに過ぎない。

自らを核実験に追い込んだ?

 今回の実験については、声明を出したことによって、軍部が核実験を行わなければならない側面もあったという指摘もある。

「声明で核実験と大陸間弾道ミサイル実験を表明した時点で、北朝鮮の軍部は自らを追い込んでしまった」と、元米国務省北朝鮮分析官のケネス・キノネスは言う。「実験を行うと宣言しておきながら何もしなかった場合、軍部が赤っ恥をかくことになる。軍部は振り上げたこぶしを下ろさざるを得なかった」

 北朝鮮の非核化をめざす各国政府にとっては、これ以上過激な声明文が発表されないことを願うばかりだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 3
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 6
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 7
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 8
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 9
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 10
    強烈な炎を吐くウクライナ「新型ドローン兵器」、ロ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中