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鳥インフルエンザに新たな謎

迫りくるパンデミック

感染症の新たな脅威が 人類に襲いかかる

2009.05.15

ニューストピックス

鳥インフルエンザに新たな謎

症状が「軽い」前代未聞のトルコのH5N1型。感染者が多いのに犠牲者が少ないのはなぜか

2009年5月15日(金)17時43分
ロッド・ノーランド

 2006年に入り、トルコでは高病原性鳥インフルエンザ(H5N1型)の人への感染が拡大している。それも、科学的に解明されていない謎に満ちた「流行」だ。

 トルコ各地に散らばる13の県で、ほぼ同時に鳥への感染が起きたのはなぜか。人への感染が97年に確認されて以来、1回の発生としては最多の感染者(先週末の時点で21人)が出たのはどうしてか。そして、ベトナムなどのアジア諸国では感染者の半数が死亡しているのに、なぜトルコでの犠牲者は4人程度にとどまっているのか。

 発生から4週目に入り、患者の大半は快方に向かっている。1人の感染者は、まるで症状が出なかったらしい。

 新型インフルエンザの発生を懸念する医療関係者や保健当局は、トルコでのこうした事態を喜ぶべきかどうか測りかねている。ただ、H5N1型ウイルスの研究に、トルコが好材料を提供したことはまちがいない。

トルコ人の抵抗力が強いから?

 WHO(世界保健機関)によれば、03年以降にH5N1型ウイルスに感染したのは149人(1月19日時点)。そのうち80人が死亡したが、1回の発生で亡くなる人の数は1~2人程度だ。このため、人体に入ったウイルスがどのように振る舞うのか、これまでは観察する機会が少なかった。トルコの事例は「敵」を知る新たな機会を提供するだろう。

 トルコのH5N1型の最大の謎は、アジア諸国での感染例に比べて性質がおとなしいことだ。患者の経過は比較的良好で、先週すでに数人が退院した。症状が重くならなかった人もいる。また、死亡したのは、抗ウイルス薬のタミフルを早期に投与されなかった人に限られている。

 「H5N1型がこれ以上、悪性になることはないかもしれない」と、トルコに派遣されている欧州疾病予防管理センターの科学者、アンガス・ニコルは言う。「ウイルスは変異の真っ最中で、病原性が弱まりつつあるのかもしれない」

 しかし、H5N1型ウイルスの脅威を甘くみるのは時期尚早だと、多くの専門家は指摘する。トルコの死亡率が低い理由は、ほかにあるかもしれないからだ。

 たとえば、トルコ人はアジア人よりウイルスに対する抵抗力が強いのかもしれない。あるいは、当局が感染者に気づくのが早かっただけかもしれない。

 専門家は、アンカラの病院で行われた子供2人の検査結果を待ちわびている。2人はきょうだいで、女の子は症状が軽く、男の子はまったく症状がなかった。男の子は念のために受けた検査で、ウイルスの陽性反応が出たのだ。

 毒性が弱まったのだとすれば、新たな懸念材料が浮上する。症状が出ない場合、人への感染はもっと容易に広がるかもしれない。そこへ、人から人へ感染するようにウイルスが変異すれば大変だ。

ニワトリより人に感染しやすい変異も

 トルコでの鳥インフルエンザ発生は、最新のウイルス追跡の技術を試す機会ともなった。H5N1型は、世界を駆けめぐりながら変異を繰り返す。科学者たちはウイルスの変異を、最新の遺伝子解析の手法を駆使して追跡する。

 英医学研究審議会は、トルコのウイルスのサンプルのなかに、ニワトリより人に感染しやすい変異を発見した。香港で見つかったのと同じ変異だが、まだ人のインフルエンザウイルスとの間で遺伝子の結合は起きていないという。

 遺伝子の塩基配列を調べれば、患者がここから感染したかを確認できる。これまでの事例はいずれも鳥から直接感染したようだ。

 「感染者数にしても病原性の強さにしても、今のトルコの状況とベトナムの過去の事例との間で違いがあるかどうかは、まだはっきりしない」と、英医学研究審議会のアラン・ヘイは言う。

 科学者たちは今、ウイルスの遺伝子の謎をひたすら解き明かそうとしている。

[2006年2月 1日号掲載]

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