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感染症の新たな脅威が 人類に襲いかかる
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「第2のSARS」が現れる日
家畜と人間が「同居」する中国南部の環境が新たな病原体を培養する?
豚たちの餌の時間だ。豚小屋の飼料おけに、近くの大都市・広州のレストランから仕入れた残飯が次々と投げ込まれていく。
悪臭を放つネズミ色の怪しげな物体。だが、豚たちはうれしそうに鼻を鳴らして、飼料おけに殺到する。放し飼いになっているニワトリも、おこぼれにあずかろうと集まってくる。地面には、昨晩のエサの残りがまだ散らかっている。
男の子がしゃがみ込んで、洗いおけでキャベツを洗っている。豚たちのお代わり用? 「ううん。これは人間用」。農場で働く人たちの昼ご飯なのだ。
中国南部の広東省にある家畜農場の多くがそうであるように、この農場もおそらく当局の認可を受けていない。農場を切り盛りする小柄でがっしりした女性は、匿名でしか取材を受けない。
中国本土で人間と家畜が隣り合わせで暮らしているのは、無認可の家畜農場だけではない。広州のレストラン「広州百味園餐庁」に足を踏み入れると、まず鼻を突くのは動物園のような悪臭だ。店内の通路に所狭しと並べられた檻には、食材用の動物たちが押し込められている。ヘビ、ニワトリ、アヒル、ウサギ、子猫などなど。
1ドルほどの料金で、自分の選んだ「食材」を料理してもらえる。「お客さんにいちばん人気があるのは鳥料理ね」と、ウエートレスの頼東花(ライ・トンホア)(19)は言う。
まるで巨大な「培養場」
新しい伝染病をつくり出し、一気に世界中に広めようと思えば、中国南部より理想的な場所はないだろう。
この地域では、見本市で名刺交換するビジネスマンのように、人間と家畜とが猛烈な勢いでウイルスを「交換」している。その過程で突然変異などにより、害のなかったウイルスが致死性をもつようになるケースもあるだろう。
いま世界を震え上がらせている重症急性呼吸器症候群(SARS)の大流行がなぜ起きたのか、はっきりしたことは判明していない。だが、発生源が中国南部だというのはかなり確実とみられている。
だとすれば、人口過密なこの地域は感染拡大の火に油を注いだはずだ。しかも、広州からは香港や上海に毎日、飛行機の定期便が飛んでいる。ここまでくれば、ウイルスの国外流出は簡単だ。
しかし、今回のSARS感染拡大に欠かせなかったのは中国政府の隠蔽体質だ。この地方で最初にSARSの感染例が多数現れたのは昨年11月ごろと推測されるが、中国政府はWHO(世界保健機関)などになんの報告もしていない。
WHOがこの新しいタイプの肺炎に気づいたのは、今年2月になってからだ。この数カ月間の遅れが、SARS大流行の大きな要因になった。先週の段階でSARSの症例数は3000件に達し、死者は121人にのぼった。
専門家の間では、SARSを完全に封じ込めるのはもはや不可能かもしれないという声も出はじめている。この見方が正しければ、SARSはマラリアや結核などと同様、今後ずっと人間を悩ませ続けることになるだろう。
それ以上に専門家が恐れているのは、新たな感染症の蔓延だ。
中国南部という巨大な「培養場」から世界に送り出される可能性のある病気はSARSだけではないし、SARSが最悪なものというわけでもない。2000万人の命を奪った1918年のインフルエンザ大流行を考えれば、SARSなど鼻風邪程度にしか思えない。
次の感染症大流行を防ぐための第一歩は、いうまでもなく、今回のSARS流行の原因を突き止めることだ。
工場労働者が運搬役?
現段階で最も有力視されているのは、大半のインフルエンザウイルスと同じように、もともとは水鳥(おそらくアヒル)のウイルスだったものが人間に感染して広がったという見方だ。
だとすれば、水鳥のふんを媒介して豚やニワトリに、あるいは人間に直接感染したのかもしれない。その過程で、ウイルスの病原性が強まった可能性もある。
広東省の実態を見れば、水鳥から人間への感染という筋書きも不思議ではない。この地方のアヒル農家は、アヒルを飼っているすぐそばで寝起きしている。
劉海(リウ・ハイ)(21)は、両親や祖父と一緒に池のほとりに住んでいる。一家はこの池で、広州のレストラン向けに出荷するアヒル数百羽を飼育している。
家族の住む家は、金網づくりの鳥小屋の一部に屋根代わりの防水シートをかけただけのもの。金網の「壁」のすぐ隣にはアヒルたちが暮らしていて、いつでも様子を見ることができる。
では、アヒルから人間に感染したウイルスはどのように農村部から都会の広州に広がったのか。そのプロセスは、劉の毎週の行動を見れば簡単に想像がつきそうだ。
広州の周辺には最近、各種の工場が林立し、そこで働く農村部の住民も増えている。中国経済の成長に伴って、この傾向にはますます拍車がかかるだろう。劉も広州の工場に働きに出ている一人だ。毎週2時間かけてバスで広州まで行き、工場の宿泊所で他の8人と一緒に寝泊まりしている。
本人に感染の兆候がなくても、劉のように農村部と都市部を行き来している人たちが知らないうちにウイルスを運んでいる可能性もあると、専門家は考えている。
医療関係者が不安視しているのは、現在の体制でSARSを抑え込めるかどうかだ。いい診断方法やワクチンが存在しない現状では、感染者を隔離することによって感染拡大を防ぐしかない。
問題は中国の隠蔽体質
しかし、SARSの大流行は広東省の医療システムに大きな負担をかけている。感染者の受け入れ施設に指定された広東伝染病病院では、またたく間に400床のベッドのうち150床が埋まってしまった。
他の指定病院も事情は似たりよったりで、地元の一般病院も仮設の隔離病棟を設置して対応している。
一方、地元の人々の危機意識は希薄だ。中国で最初の死者が出た上郎村の住人も、自分たちが世界的な伝染病の震源地にいるという意識はほとんどないようだ。
この村では、一般住民はもちろん、医師もマスクを着けていない。「病院の医師はマスクを着けることになっているが」と、地元の医師は言う。「症状の現れている人が一人もいないし、マスクはやめてしまった」
広州の第8人民病院の尹熾標(イン・チーピアオ)副院長は言う。「あまり神経質になるのは、社会にとってよくないかもしれない。中国はまだ貧しい。アメリカのように細心の注意を払うわけにはいかない」
中国政府は今回珍しく不手際を公式に認めたが、次に新たな感染症が頭をもたげた際にきちんと対処できるかどうかとなると、世界の公衆衛生専門家は懐疑的だ。飢饉や炭鉱事故、ダム決壊など、中国指導部は共産党のイメージダウンにつながりかねないニュースをいつも決まって隠蔽しようとしてきた。
国内のエイズ問題の存在も、実際には症例が急増しているにもかかわらず、長年認めてこなかった。「SARSへの対応を見るかぎり、中国はエイズの経験から何も学んでいない」と、北京で活動する外国人の医療関係者は言う。
実際、中国政府はいまだに情報を操作しようとしている。国営のメディアは今も、SARSは抑え込んだと報道している。
WHOは中国南部への不要不急の渡航を控えるよう呼びかけているが、中国政府はその勧告を徹底させるつもりはなさそうだ。
毎年大勢の中国人が帰省する5月1日のメーデーも、いつもどおりに迎えることになりそうだ。国家観光局の孫鋼(ソン・カン)副局長は、こう語っている。「この祝日に、何百万人もの人々が広大な国土を整然と移動すれば、中国国内の旅行の安全性を世界に示すことになる」
こんな幻想につき合わされるとすれば、世界の人々はたまったものではない。
[2003年4月23日号掲載]