コラム

「印鑑をなくした」!? 中国「都市水没」は天災でなく人災...地元政府の救援拒否、理由に驚愕

2023年08月21日(月)12時40分
ラージャオ(中国人風刺漫画家)/トウガラシ(コラムニスト)
習近平のイラスト

©2023 REBEL PEPPER/WANG LIMING FOR NEWSWEEK JAPAN

<人民の生命を軽視しする中国の官僚システム。「天災でなく人災」は決して今回だけではない>

涿州(チュオチョウ)──河北省に属する、このあまり名を知られていない地方都市は、7月末から8月上旬に起きた中国華北地方の豪雨によって一晩で「放流都市」として注目を集めた。

6年前の2017年4月1日、同じく河北省にある雄県、安新県、容城県は、習近平(シー・チンピン)政権の国家級プロジェクトとして設置される「雄安新区」となることが決まった。これは北京と雄安新区の間に位置する涿州にとって発展する絶好のチャンスであり、涿州市政府は近年、毎年巨額の資金を投入してインフラ整備に力を入れてきた。

しかし、涿州人の夢は今回の豪雨放流で完全に消えた。北京と雄安新区を守るため、当局は涿州を含む標高の低い「保水地区」へ水を放流した。この放流によって、北京は水害から守られ、雄安新区も軽い浸水だけで済んだ。一方、涿州はたった一晩で洋々たる大海となり、たくさんの人々が家屋を失い、避難を余儀なくされた。自分たちは首都を守るための捨て石だったと、帰宅難民になった涿州の人々は知った。

「全体の利益を守るため、個人の利益を犠牲にすべき」

「大局を念頭に置く。全体の利益を尊重する」

社会主義中国に生まれた人々が、愛国教育の一環として子供の頃から受けてきた「全体観」と「大局観」である。しかし、専制国家にとって、その「全体」および「大局」は人民ではなく、いつも政府を代表する権力者だった。河北省トップは堂々と「北京の洪水リスクを低減させ、首都を守る堀として断固行動しよう」と呼びかけた。首都を守ることは権力者を守ること、権力者をきちんと守ることができれば、官僚たちもポストを守れ、出世できる。

こういう「権力者に奉仕する」システムに身を置いた官僚たちは、常にミスを恐れ、自分の頭で物事を判断せず、ただ権力者の命令どおりに行動する。今回、涿州に水が放流された初日、他地方から救援隊がすぐやって来たが、地元政府は洪水で印鑑がなくなり、救援の招聘状に捺印できないという理由で救援を拒否した。これも被害が深刻化したもう1つの原因だった。

中国の官僚システムは人民の生命を軽視し、権力者にだけ奉仕する。「天災でなく人災」は、今回だけではない。

ポイント

涿州
河北省中部の保定市に位置する県級市。北京に隣接する。三国志の劉備、関羽、張飛が「桃園の義」を結び、義兄弟となったといわれる場所を記念した「三義宮」がある。

雄安新区
主要経済圏の1つである北京市・天津市・河北省の発展と、教育など北京の非首都機能を他地域に分散させることを目的に開発された。2050年の目標人口は2000万人。

プロフィール

風刺画で読み解く中国の現実

<辣椒(ラージャオ、王立銘)>
風刺マンガ家。1973年、下放政策で上海から新疆ウイグル自治区に送られた両親の下に生まれた。文革終了後に上海に戻り、進学してデザインを学ぶ。09年からネットで辛辣な風刺マンガを発表して大人気に。14年8月、妻とともに商用で日本を訪れていたところ共産党機関紙系メディアの批判が始まり、身の危険を感じて帰国を断念。以後、日本で事実上の亡命生活を送った。17年5月にアメリカに移住。

<トウガラシ>
作家·翻訳者·コラムニスト。ホテル管理、国際貿易の仕事を経てフリーランスへ。コラムを書きながら翻訳と著書も執筆中。

<このコラムの過去の記事一覧はこちら>

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story