コラム

外食は「テーブル長」という名の監視員も一緒──中国の「公序良俗育成」とは?

2022年07月12日(火)17時20分
ラージャオ(中国人風刺漫画家)/トウガラシ(コラムニスト)
卓長

©2022 REBEL PEPPER/WANG LIMING FOR NEWSWEEK JAPAN

<6月29日から上海市内では外食できるようになったが、客を管理する責任者「卓長」を配置し、ソーシャルディスタンス、時間制限、マスク飲食などをチェック。これが本当にコロナ対策なのか?>

「ちょうど食べかけていたところに老板娘(おかみさん)が慌てて2階に走ってきて、さっと電気を消しながら『静かに! 防疫検査員が来た!』と」

先日、上海の飲食店内を写した1枚の写真が中国SNS上で大量にシェアされた。電気を消した真っ黒な飲食店内。すりガラスに映るのは巡回に来た警察官の影。飲食中の客が息を止めてじっとする様子は、スパイ映画の一場面のようだ。

ゼロコロナ政策で家に閉じ込められてきた上海市民は、6月上旬から本格的に外出できるようになった。

「民以食為天(民衆にとっては食べることが一番大事)」。外出でまずやりたいことは、レストランでのおいしい食事だ。しかしポストコロナ時代の外食から、コロナ前の自由は奪われてしまった。

6月29日から上海市政府は店内での飲食を許可したが、それにはいろいろな条件が付いた。例えば、「店内飲食の卓長(テーブル長)制」。

店内飲食の場合、テーブルごとに責任者を1人推薦し、その責任者が同じテーブルに座っている客を管理する。飲食中の間隔や1時間半の制限時間、食事前後のマスク着用......。上海の調理業界団体によると、公序良俗育成のためには卓長の存在は欠かせないという。

こんなバカなルールは見たことがない、ネットで喧々囂々(けんけんごうごう)たる非難が沸き起こったが、ある市民は投稿で、そのうち上海では店内の全テーブルを管理する「総卓長」や卓長を補佐する「副卓長」まで出現すると皮肉った。いずれ共産党支部まで成立しそうな勢いである。

専門家のおかしな発言も目立つ。ある飲食業研究者は「自力更生が大事。政府から援助を待つばかりでは駄目」と公言した。コロナ禍のこの2年半、中国政府のロックダウンで破産や閉店に追いやられた個人経営の店は数え切れないが、政府から支援金をもらった店は一つもない。コロナ対策違反の名目で罰金を科されなければ大変ありがたい、というレベルだ。

「上に政策あれば下に対策あり」は中国人の知恵だが、こんな的外れな政策ばかりなら自力更生もできない。公序良俗育成のために卓長が欠かせないなら、全ての政府官僚を退職させ、卓長という最小単位の責任者だけ残せばいい。

ポイント

民以食為天
民は食を以て天と為す。後漢時代の歴史書『漢書』にある「王者以民為天、而民以食為天(王は民が大事、民には食が大事)」の一部。中国人にとっての食の大切さを説いた言葉。

破産や閉店
中国国家統計局によると、今年1~5月の飲食業界の収入は1兆6274億元(約32兆円)で、前年同期比8.5%減。5月だけのデータだと、収入は3012億元(約6兆円)で21.1%減。

プロフィール

風刺画で読み解く中国の現実

<辣椒(ラージャオ、王立銘)>
風刺マンガ家。1973年、下放政策で上海から新疆ウイグル自治区に送られた両親の下に生まれた。文革終了後に上海に戻り、進学してデザインを学ぶ。09年からネットで辛辣な風刺マンガを発表して大人気に。14年8月、妻とともに商用で日本を訪れていたところ共産党機関紙系メディアの批判が始まり、身の危険を感じて帰国を断念。以後、日本で事実上の亡命生活を送った。17年5月にアメリカに移住。

<トウガラシ>
作家·翻訳者·コラムニスト。ホテル管理、国際貿易の仕事を経てフリーランスへ。コラムを書きながら翻訳と著書も執筆中。

<このコラムの過去の記事一覧はこちら>

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story