コラム

エリート金メダリストを称賛し、「鎖女事件」を無視する現代中国の「女性像」

2022年03月01日(火)17時16分
ラージャオ(中国人風刺漫画家)/トウガラシ(コラムニスト)
谷愛凌と「鎖女」

©2022 REBEL PEPPER/WANG LIMING FOR NEWSWEEK JAPAN

<中国の女性団体は北京五輪の金メダリスト谷愛凌を「中国女性の誇り」と持ち上げるが、誰もが被害者になり得る人身売買「鎖女事件」には沈黙>

北京冬季五輪の期間中、1枚の写真が中国SNSで拡散された。それは女性2人の合成写真。1人は五輪スキー中国代表のアイリーン・グーこと谷愛凌、もう1人は「鉄鏈女(鎖女)」と呼ばれる中国江蘇省徐州市豊県の女性。人身売買に遭い、首に鎖をつながれ8人の子供を産まされた人である。

谷はアメリカ生まれアメリカ育ちの米中ハーフ。今回の五輪に中国代表として出場し、金メダル2個、銀メダル1個という好成績を上げたが、二重国籍問題も話題になった。中国は法律で二重国籍を禁止しているが、金メダルのために谷を含めたアメリカ育ちの中国人選手に二重国籍を認める特権を与えたのではないかと、ネットで騒ぎになったのだ。

谷は中国のテレビコマーシャルの「私は中国の女の子」というセリフで好感を得ている。「谷愛凌がニラ焼きを食べた」というどうでもいい話が中国官製メディアのトップニュースになるほどだ。

それと全く反対だったのは、官製メディアの「鎖女事件」完全無視だ。事件は既に中国ネットで1カ月以上炎上しているが、全ての官製メディアは完全に沈黙を保っている。

中国の女性団体も同じ。中華全国婦女連合会の公式アカウントは「中国人女性の誇り」だと、谷愛凌の記事を繰り返しシェアしたのに、「鎖女事件」は無視を決め込んでいる。

「谷愛凌と鎖女、一体誰が中国を代表しているのか!」「女性の誇りでないと関心を寄せる価値はないのか」

愛国者の小粉紅たちさえ怒った。いくら愛国者でも、特権階層でなければアメリカでエリート教育を受けることもできず、二重国籍の「中国人女性代表」にもなれない。一方で、普通の中国人女性は誰でも人身売買に遭遇して「鎖女」になる危険がある。今回の事件が中国人に突き付けた中国の現実は、人々に大きな恐怖と不安を与えている。

「氷点下の上海で若い女性たちが自発的に通行人にチラシを配っている。『忘れるな』『鎖女に関心を持つことは私たち自身に関心を持つこと』。死を覚悟して徐州市豊県の現場へ『鎖女』救出に行った女性もいた」──つい先日、中国SNSでこんな投稿を読んだ。彼女たちこそ本当の中国人女性の代表だ。

ポイント

谷愛凌
米サンフランシスコ出身。中国からの留学生だった母親とアメリカ人の父親の間に生まれた。父親は非公表。2019年から中国代表として国際大会に出場し、多くの広告に出演している。

中華全国婦女連合会
1949年に設立された中国で唯一の全国的女性組織。女性の権利に加え男女平等や子供の権利保護を目指す。文化大革命中の1968年には「反革命的」と見なされて一度閉鎖された。

プロフィール

風刺画で読み解く中国の現実

<辣椒(ラージャオ、王立銘)>
風刺マンガ家。1973年、下放政策で上海から新疆ウイグル自治区に送られた両親の下に生まれた。文革終了後に上海に戻り、進学してデザインを学ぶ。09年からネットで辛辣な風刺マンガを発表して大人気に。14年8月、妻とともに商用で日本を訪れていたところ共産党機関紙系メディアの批判が始まり、身の危険を感じて帰国を断念。以後、日本で事実上の亡命生活を送った。17年5月にアメリカに移住。

<トウガラシ>
作家·翻訳者·コラムニスト。ホテル管理、国際貿易の仕事を経てフリーランスへ。コラムを書きながら翻訳と著書も執筆中。

<このコラムの過去の記事一覧はこちら>

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 4
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 5
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 8
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 6
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 7
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 10
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story