コラム

三峡ダムより九州の水害を報じる、中国報道は「ポジティブエネルギーがいっぱい」

2020年07月30日(木)16時30分
ラージャオ(中国人風刺漫画家)/トウガラシ(コラムニスト)

China's "Positive Energy" / (c)2020 REBEL PEPPER/WANG LIMING FOR NEWSWEEK JAPAN

<ほぼ同時期に発生したにもかかわらず、中国では自国の洪水よりも九州の豪雨被害を心配する声のほうが多かった。その原因は中国の災害報道に>

先日、中国のネットでこんなジョークが流行した。

「日本のNHKは九州の豪雨被害をずっと報じていたけど、わがCCTVも九州の豪雨被害をずっと報じていたよ!」

九州の豪雨被害は中国中央電視台(CCTV)で確かに大きく報じられた。もちろん、ほぼ同時期に発生した中国南部の洪水被害も報じられたが、九州豪雨を心配する中国人ネットユーザーのほうが多かった。

なぜか。中国人は自分たちには無関心なのか。そうではない。原因は中国の災害報道にある。

日本メディアは災害を報道するとき、被災状況の深刻さや被災者の大変さを詳しく報じる。だが、中国メディアはそうではない。彼らはまず、指導者が被害をどれほど重視し、何の指示を出したか、ということを報じる。次に中国は優れた技術と必勝の自信を持っているから心配不要という専門家の発言、最後は被災者の「政府に感謝する」という声──。中国語で言う「正能量満満」(ポジティブエネルギーがいっぱい)なのだ。

例えば今回の長江流域の洪水被害に関連して、台湾をはじめとした世界のメディアは三峡ダムに決壊の恐れがあるという悲観的な報道を続けている。これに対して、CCTVは専門家の話を引用しつつ、安全だという楽観報道を繰り返している。

また、江西省にある湖と周辺水域の警戒レベルが「赤色」に上がると、政府は都市部を守ろうと湖の堤防を決壊させ、洪水を水田へ放流する指令を出した。中国メディアはこれに「湖の堤防を主動的に決壊! 都市の安全を守るため、数十万の農地は犠牲になるよりほかはない」という記事を出した。犠牲を強いられた農民はどうなるのか、記事では一言も触れられてない。

日本のある中国研究者によれば、中国は「主流しかない社会」だ。都市を守るため農村を犠牲にする、首都を守るため他都市を犠牲にする、指導者を守るため人民を犠牲にする......。

今回の洪水で都市の住宅地が水浸しになった写真がネットでシェアされ、「美しい風景だ!」「海だ!」という心ないコメントが付いた。正能量ばかりの主流社会で、人々の同情心が「ポジティブエネルギー」で水浸しになっているからだろう。

【ポイント】
正能量 英心理学者が著書に書いた「Positive Energy」という言葉を中国政府が採用。政府の不正などマイナス情報でなく、政府の功績やいい話を強調するキャンペーンが2013年に始まった。

三峡ダム 長江中流の景勝地・三峡に建設された世界最大級のダム。2009年完成。貯水量393億立方メートル、年間平均発電量847億キロワット。環境や生態系への影響も懸念されている。

<本誌2020年8月4日号掲載>

【関連記事】中国・三峡ダムに「ブラックスワン」が迫る──決壊はあり得るのか

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プロフィール

風刺画で読み解く中国の現実

<辣椒(ラージャオ、王立銘)>
風刺マンガ家。1973年、下放政策で上海から新疆ウイグル自治区に送られた両親の下に生まれた。文革終了後に上海に戻り、進学してデザインを学ぶ。09年からネットで辛辣な風刺マンガを発表して大人気に。14年8月、妻とともに商用で日本を訪れていたところ共産党機関紙系メディアの批判が始まり、身の危険を感じて帰国を断念。以後、日本で事実上の亡命生活を送った。17年5月にアメリカに移住。

<トウガラシ>
作家·翻訳者·コラムニスト。ホテル管理、国際貿易の仕事を経てフリーランスへ。コラムを書きながら翻訳と著書も執筆中。

<このコラムの過去の記事一覧はこちら>

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