コラム

ノームコア「究極の普通」という生き方

2015年07月22日(水)20時00分

 自分では個性的だと思っていても、遠くの他人から見れば「まわりの人たちとそんなに変わらないよね?」と見えてしまうことになる。個性的であることが、逆に「個性的な人たち」の中に埋没してしまうという皮肉な結果をひきおこしてしまうのだ。そういう人たちは「自分はインディー(独立系)」だと思っているけど、全然インディーじゃなくておもいきりマス(一般的)だ。だからマスインディー。

 3番目の概念は、アクティングベーシック。マスインディーにならないためには、かえって自分をベーシックにしてしまう方がいい。個性をきどらず、普通に着飾らない方がかえって個性的に見える。だから「ベーシックに立ち返り、ベーシックでいこう」。

 そして4番目の概念が、最近流行のノームコアだ。ノームコアは直訳すれば「究極の普通」というような意味で、ファッション業界ではごく普通の服を普通に着こなそうというような意味でとらえられている。

 しかしノームコアには、もう少し深い社会思想的な意味がある。

 かつて人々は共同体の中で生まれ、共同体の束縛から離れて自由を求め、そして自分の個性を探した。しかしユースモードが指摘するように、21世紀の私たちにはもはや共同体の束縛はなく、最初から自由で、個性的であることがすべて許されている。そして実は、個性的でインディーであることが逆に圧迫になってしまっている。

 だから私たちは自由から出発し、昔とは逆の旅路をたどって、安心できる共同体を探し求めている。私たちは「何者かになる」(to become someone)ために旅をするのではなく、「誰かとともにいる」 (to be with anyone)ために旅をするようになったのだ。これは私たちにとっての新しい「自由」である。

 ユースモードは説く。「ノームコアは他人と違うことを見せつけるカッコよさではなく、同じであることを認め合う新しい正統派なのだ」と。

 そしてこう結論づけるのだ。「かつて個性というのは、自分のやり方で人生を切り開いて行く自由への旅だった。しかしそれによって私たちは孤独になっただけだ。ノームコアはそうではなく、他人との違いを追求するのではない新たな自由を求める。自分だけが特別ではないということに解放感をもち、そこに順応することが共同体への帰属なのである。だからノームコアは、より平和的な生き方への道のりなのだ」

 共同体の圧政から逃れ、独立した個性であることの自由はもう終わった。人々と同じ感覚を持ち、他人との見た目上の違いを求めず、それによって多くの人々とつながっていく。そういう新たな自由の感覚が、いま必要とされている。

プロフィール

佐々木俊尚

フリージャーナリスト。1961年兵庫県生まれ、毎日新聞社で事件記者を務めた後、月刊アスキー編集部を経てフリーに。ITと社会の相互作用と変容をテーマに執筆・講演活動を展開。著書に『レイヤー化する世界』(NHK出版新書)、『キュレーションの時代』(ちくま新書)、『当事者の時代』(光文社新書)、『21世紀の自由論』(NHK出版新書)など多数。

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