コラム

プーチンに「かすり傷」を負わせたプリゴジンの乱が「致命傷」になる日

2023年07月08日(土)16時23分

プリゴジンの激しいエリート批判には多くの国民が共感している PRESS SERVICE OF "CONCORD"―HANDOUT―REUTERS

<ロシアの大都市の人々は、プーチン時代が永遠に続くわけではないと思い始めている。プリゴジンの主張が平均的なロシア人の不満を代弁していることは間違いない>

エフゲニー・プリゴジン率いるロシアの民間軍事会社ワグネルの部隊が首都モスクワに向けて進軍していたとき、プーチン大統領はモスクワを離れてサンクトペテルブルクに飛んだ。怯えたプーチンが命からがら逃げ出したと、世界のメディアは報じた。

しかし、政権の内情に詳しいジャーナリストのミハイル・ジガルが得た情報によると、このときプーチンは、親しい大富豪の豪華ヨットで休日を楽しむためにサンクトペテルブルクに向かったのだという。つまり、プーチンの頭の中では、全て平常運転に見えていたのである。

このように現実が見えなくなっていることは、プーチン体制の存続に暗い影を落とす。私がロシア各地で人々に話を聞いた経験から言うと、国民がプーチンを最も評価している点は、大統領直々に社会の安定と安全を保障してきたことだった。しかし、今回の一件でプーチンが現実を全く把握できていないことが明るみに出たのだ。

プリゴジンの反乱が起きて1週間の間に、ロシアにとって最も重要な後ろ盾である中国の習近平国家主席がロシア兵の死に対してお悔やみを述べたり、支援を表明したりするために電話することはなかった。プーチンに電話した外国首脳は、確認されている限り8人にすぎない。

ロシアの人々、とりわけ大都市の住人は、プーチン時代が永遠に続くわけではないと思い始めている。今回の出来事に対するロシア国民の評価は、向こう数週間で固まってくるだろう。プリゴジンの主張が平均的なロシア人の不満を代弁していることは間違いない。

エリートの腐敗と無能を糾弾するプリゴジンの言葉に国民の過半数は共感する。ある人物は私にこう語った。「戦争が始まって以降のプリゴジンの発言とプーチンの発言を文章に書き起こして、発言者の名前を伏せて人々に読ませれば、ロシア人の80%は(プリゴジンの)主張を支持するだろう」

しかし、プーチンへの支持は今のところ揺らいでいないようだ。支持率はいったん82%から79%に下落したが、反乱が収束すると82%に戻った。それに対し、プリゴジンの支持率は、反乱前は60%に達していたが、今は30%を割り込んでいる。

プーチンの砂上の楼閣が崩れるとき

「腐敗と戦うと主張しているが、実際にはワグネルが解体される前に利益を得たいと思ったにすぎない」と、あるロシア人は私に語った。別の人物は、私にこう述べている。

「たぶんプーチンの作戦なのだと思う。プリゴジンをベラルーシに送り込んでベラルーシの支配権を握ったり、プリゴジンにベラルーシからウクライナを攻めさせたり、戦いに消極的な人たちを取り締まりやすくしたりすることが狙いなのではないか」

現時点では、プーチンはほんのかすり傷程度の打撃しか負っていないかもしれない。しかし、国家安全保障関連の元米政府高官は私にこう指摘している。

「多くのロシア人は、戦争についてあまり考えないようにしてきたが、今はこの戦争についてどう考えればいいか分からなくなっている。この点は体制にとっても危険なことだ。プーチンはプリゴジンを裏切り者と呼び、『もう心配は要らない』と請け合った。けれども、プリゴジンの部隊はロシアの兵士に向けて銃撃し、ロシア領空でロシア軍のヘリコプターを撃墜した。それなのに、誰も責任を問われていない。そんなことがあっていいはずがない」

プーチンが現実を直視し問題に対処しようとしなければ、ロシアの人々は、プリゴジンが繰り出した苛烈なエリート批判の言葉をありありと思い出すだろう。そうなったとき、プーチンの砂上の楼閣があっさり崩れないとも限らない。

プロフィール

サム・ポトリッキオ

Sam Potolicchio ジョージタウン大学教授(グローバル教育ディレクター)、ロシア国家経済・公共政策大統領アカデミー特別教授、プリンストン・レビュー誌が選ぶ「アメリカ最高の教授」の1人

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国、フェンタニル巡る米の圧力に「断固対抗」=王外

ワールド

原油先物、週間で4カ月半ぶり下落率に トランプ関税

ビジネス

クシュタール、米当局の買収承認得るための道筋をセブ

ビジネス

アングル:全米で広がる反マスク行動 「#テスラたた
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
2025年3月11日号(3/ 4発売)

ジャンルと時空を超えて世界を熱狂させる新時代ピアニストの「軌跡」を追う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない、コメ不足の本当の原因とは?
  • 3
    113年間、科学者とネコ好きを悩ませた「茶トラ猫の謎」が最新研究で明らかに
  • 4
    一世帯5000ドルの「DOGE還付金」は金持ち優遇? 年…
  • 5
    強まる警戒感、アメリカ経済「急失速」の正しい読み…
  • 6
    著名投資家ウォーレン・バフェット、関税は「戦争行…
  • 7
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 8
    定住人口ベースでは分からない、東京23区のリアルな…
  • 9
    テスラ大炎上...戻らぬオーナー「悲劇の理由」
  • 10
    34年の下積みの末、アカデミー賞にも...「ハリウッド…
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天才技術者たちの身元を暴露する「Doxxing」が始まった
  • 4
    アメリカで牛肉さらに値上がりか...原因はトランプ政…
  • 5
    ニンジンが糖尿病の「予防と治療」に効果ある可能性…
  • 6
    「浅い」主張ばかり...伊藤詩織の映画『Black Box Di…
  • 7
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 8
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない…
  • 9
    「絶対に太る!」7つの食事習慣、 なぜダイエットに…
  • 10
    ボブ・ディランは不潔で嫌な奴、シャラメの演技は笑…
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 8
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 9
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
  • 10
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story