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【写真特集】薄明の中で捉えた、高次脳機能障害の妹の心の断片
REFLECTIONS ON EMPATHY
Photographs by NORIKO HONDA
妹と私はよく病室の窓から外を眺めた。「早くうちに帰りたい」「早く前のように会社に行きたい」と妹は繰り返しつぶやいた。カーテンは柔らかく妹と社会を隔てていた。窓の外の世界から、この病室はどう見えていたのだろう
<妹の身に起きたような理不尽なことは、誰の人生にも突然に訪れる。そんなとき、人はどのように悲しさや寂しさ、焦燥感を乗り越えるのだろう>
日の出前と日の入り後のひととき、昼と夜が出合い、天空がほのかな光で染まる「薄明(はくめい)」を迎える。2つの異なる世界をつなぐ薄明の中、ぼんやりとしたうす暗い向こう側に目を凝らし続けると、何かがおぼろげに見えてくる。
私の妹は、3年半前にくも膜下出血に倒れ、何度も生死の間をさまよった後、再び人生を歩みだした。その過程で脳を損傷し、記憶や注意力、情緒などの認知機能に支障が起こる高次脳機能障害を持った。そして葛藤しながら、少しずつそれを受け入れてきた。
この物語の始まりは妹の病床の記録だったが、私は写真を撮り進めるうちに、外見からは分かりにくい障害を持った妹の気持ちを、撮影を通じて理解したいと思うようになった。妹は、家族の思い出が詰まった家で独り暮らしをすることを選び、復職リハビリを経て職場へと戻ったが、仕事や家事で健常者が普段意識せずに行う平々とした行動が病前のようにはこなせない。
ゆっくりと振る舞い、頭の中の自分の引き出しから必死に答えを探し出す。買い物や洗濯など、細々とした作業の一つ一つを、小さな課題として捉えて工夫し、なんとか以前の自分に近づこうと努力を重ねて日常生活を送っている――いつの日か、失った能力が回復することを信じて。
他者への共感的理解
この障害の特性から、情緒を保つことが苦手になった妹は、気持ちの調節がうまくできず、感情の高ぶりを見せることがある。そんなとき、私には目の前にいる彼女のことが、よく見えていないように感じられる。理解しようと努めても、性格も感じ方も違う他者である私には、独りよがりに妹の気持ちを想像するくらいしかできていないのではないか。
妹もまた、分かり合えない寂しさを抱いているのかもしれない。病前とは様変わりした自分の状態に対して、妹自身はどう感じているのだろうか。妹が病に倒れてからというもの、私がずっと抱えている言いようのない重苦しい悲しさには終わりがない。
よく2人で、病室の窓からたくさんの家の明かりを見た。光の奥にある部屋には、戸外にいる他者には理解しにくい、そこで暮らす人たちの心の在り方がいっぱいに詰まっているように思えた。病室の中の妹や私の心の在り方もまた、向こう側からは見えにくいように。
妹の身に起きたような理不尽なことは、誰の人生にも突然に訪れる。そんなとき、人はどのように悲しさや寂しさ、焦燥感を乗り越えるのだろう。自分とは考えや状態が違う人の心に寄り添うことはできるのだろうか。
私はこうして妹との日々を拾い集めながら、他者への共感的理解に思いを巡らす。そして薄明の中で目を凝らし、わずかずつ捉えた断片を多くの人と分かち合い、話し合いたいと願っている。
――ほんだのりこ(写真家)
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