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ヴェネツィア・ビエンナーレとは何か(2):『資本論』とロールス・ロイス
実はジュリアンは、『資本論』朗読の演出をエンヴェゾーに依頼されるとともに、ロールス・ロイスに委嘱され、つまりはスポンサーとして制作費を全額負担してもらい、新作映像インスタレーション「Stones against Diamonds」を作成したのである。作品は、アート・バーゼルにおける一般公開に先立ち、ビエンナーレのプレビュー期間中に特別プレミア上映された。もちろん、豪華なレセプションパーティ付き。カール・マルクスの主著と、富裕層御用達の超高級カーブランドとの対比はあまりに鮮烈で、当然ながらジャーナリズムから、批判とまでは行かないが揶揄されている。セントラルパビリオンでやっていることと、会場の外でやっていることはまったく違うじゃないか、と。この詰問に返しうる言葉はありそうにない。
運河に浮かぶ「移民船沈没記事ボート」
他方、エンヴェゾーへの本質的批判と呼応するように、観光地としてのヴェネツィアとビエンナーレの存在そのものを外部から痛烈に揺さぶる形で、同時期に作品を発表したアーティストがいる。映画『ヴィック・ムニーズ/ごみアートの奇跡』でも知られるヴィック・ムニーズである。
ムニーズは、巨大な新聞紙で出来ているかのような木製ボートを作って、ヴェネツィアの運河に浮かべた。表面には、2013年10月にイタリア最南端の島ランペドゥーザの沖で、リビアからの移民を乗せたボートが沈没した新聞記事が転写されている。事故では400人近くが死亡。ビエンナーレの開幕直前にも同じ海域で転覆事故が起こり、700人もの移民が亡くなった。その後も事故は続き、同じ地中海の反対側では、今度はシリアからの難民を乗せた船が相次いで転覆している。ヴェネツィアでお祭り騒ぎに浮かれる観光客やアートラバーたちは、自分たちの目と鼻の先で起こっている悲劇を直視しようとしない。ムニーズのボートは、その態度を真正面から批判している。
ビエンナーレの華やかな会場には、当然だが移民や難民の姿はまったくない。ヴェネツィアの海や運河に浮かぶのは、観光客を乗せるバポレット(水上バス)やゴンドラ、あるいはビエンナーレを観に来たビッグコレクターのプライベート豪華クルーズばかり。難民の故郷であるリビアやシリアにはアート作品はいまや存在せず、仮にあったとしても鑑賞する余裕がある者などひとりもいないだろう。言うまでもなくシャンペンが続け様に抜かれる社交の場もなく、それどころか、現地では人々が殺され続けている。同じ時代の、わずかな隔たりしかない場所なのに、両者はまったくの別世界なのだ。
この筆者のコラム
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