コラム

宮崎駿、iPadをこきおろす

2010年07月15日(木)13時35分

 あのスタジオジブリが毎月発行している『熱風』という無料誌がある。その7月号がiPadを特集しているのだが、宮崎駿監督がiPadをこきおろしたインタビュー記事が、ネットで結構な反響を呼んでいる。都内の書店でも発行元のスタジオジブリでも雑誌は在庫切れ状態。なぜか日本の主要メディアは黙殺しているが(理由はだいたい想像がつく)、海外でも驚きが広がり始めている

 なにせ、言葉が強烈だ。


宮崎 あなたが手にしている、そのゲーム機のようなものと、妙な手つきでさすっている仕草は気色わるいだけで、ぼくには何の関心も感動もありません。嫌悪感ならあります。その内に電車の中でその妙な手つきで自慰行為のようにさすっている人間が増えるんでしょうね。電車の中がマンガを読む人間だらけだった時も、ケイタイだらけになった時も、ウンザリして来ました。 


宮崎 あのね、誰にでも手に入るものは、たいしたものじゃないという事なんですよ。本当に大切なものは、iナントカじゃ手に入らないんです。 


 一刻も早くiナントカを手に入れて、全能感を手に入れたがっている人は、おそらく沢山いるでしょう。あのね、六〇年代にラジカセ(でっかいものです)にとびついて、何処へ行くにも誇らしげにぶらさげている人達がいました。今は年金受給者になっているでしょうが、そのひとたちとあなたは同じです。新製品にとびついて、手に入れると得意になるただの消費者にすぎません。

 あなたは消費者になってはいけない。生産する者になりなさい。 

 
 宮崎監督は「本当に大切なものは、iナントカじゃ手に入らない」のに、今や全世界が「iナントカ」に浮かれる現状に苛立っている。インタビューはおそらくはクリエーターである聞き手と宮崎監督というクリエーター同士の対話の形をとっているが、「生産する者になりなさい」という呼びかけ(というか叫び)は「消費者」にも向けられている。

「道具には、鉛筆と紙と、わずかな絵具があれば充分です」という言葉が示すとおり、宮崎監督が言いたいのは、あくまで道具は道具に過ぎないということ。「iナントカ」は一見全能のように見えるが、とどのつまりは「上前だけをはねる道具」に過ぎない――。日々心身を削って「本当に大切なもの」を作り続けるクリエーターの立場からすれば、「iナントカ」に消費者の関心とエネルギーが吸い寄せられるのはよほど腹が立つのだろう。

 怒りまくる宮崎監督をよそに、「上前だけをはねる道具」のiPad、そしてインターネットは淘汰もされず、むしろその勢力を拡大している。本質的に人間にとって有害あるいは不必要なものなら、いずれかの時点で淘汰されてもよさそうなものだが、そうはなっていない。

 情報のフラット化というメリットは、創造力の減少というデメリットをおぎなって余りある――少なくとも世界は今、そう判断しているらしい。ただ未来永劫このままでいいのか。われわれの眼に見えない「危機」が世界の宮崎には見えている......のかもしれない。

――編集部・長岡義博

プロフィール

ニューズウィーク日本版編集部

ニューズウィーク日本版は1986年に創刊。世界情勢からビジネス、カルチャーまで、日本メディアにはないワールドワイドな視点でニュースを読み解きます。編集部ブログでは編集部員の声をお届けします。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

NY外為市場=ドル1年超ぶり高値、ビットコイン10

ビジネス

米、ロシアのガスプロムバンクに新たな制裁 取引禁止

ビジネス

米国株式市場=上昇、ダウ・S&P1週間ぶり高値 エ

ワールド

米中国防相会談、米の責任で実現せず 台湾政策が要因
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 5
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 10
    中国富裕層の日本移住が増える訳......日本の医療制…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story