コラム

日銀の政策変更、YCCの事実上形骸化は金融緩和解除の最初の一歩

2023年08月01日(火)19時30分
植田日銀総裁

植田日銀総裁。今回のYCC形骸化という日銀の引締め政策の開始で、金融市場はどう動くか...... REUTERS/Kim Kyung-Hoon

<日銀は、YCCの修正を「金融緩和の持続性を高める」対応と位置付けているが、事実上形骸化するということだろう。今回の日銀の引締め政策の開始で、金融市場はどう動くか......>

日本銀行は7月28日の金融政策決定会合で、YCC(イールドカーブ・コントロール)の柔軟化を決定した。10年国債金利の上限について0.5%から1.0%に変更し、長期金利上昇を容認する。

日銀は、YCCの修正を「金融緩和の持続性を高める」対応と位置付けているが、今回の変更は長期金利の上昇をもたらす「引締め」「緩和を弱める」対応である。植田日銀総裁は、インフレ期待が高まる中で10年国債金利を0.5%以下に抑制すると、金融市場の変動が大きくなるとして、これを事前に防ぐ必要があると説明した。

現行のYCCを今後続けることによる、金融市場を通じた刺激効果が強くなり過ぎていると、植田総裁らは判断したということである。今回の政策変更をきっかけに、1.0%まで一気に長期金利が上昇する可能性は低い。ただ、長期金利をゼロとするYCCについては、枠組みを残しながらも、事実上形骸化するということだろう。

賃上げを伴う経済成長が実現する好循環がようやく始まったが

YCCの枠組みは、特に2022年以降はYCCが狙い通り作用したことで大幅な通貨安となり、その結果金融緩和が強まり経済正常化を後押してきたと筆者は評価している。日銀もYCCは有用な対応と考えていただろうが、現時点ではほぼ役割を終えたので形骸化させ、引締めの最初の一歩踏み出したとみられる。なお、「柔軟化」と表現したのは、金融市場における思惑を高めないための配慮だろう。また、植田総裁のオペレーションについての発言を踏まえると、0.5%~0.8%のレンジで長期金利が変動する状況になるとみられる。

この春に約30年ぶりの企業による賃上げが実現するなど、日本経済はインフレ上昇と賃上げを伴う経済成長が実現する好循環がようやく始まった。株式市場も33年ぶりのバブル崩壊後最高値水準まで戻り、ドル円は1970年代後半以降の購買力平価対比でみると、最も通貨安の状況である。また、経済回復の足かせであった感染症は、既に経済の抑制要因ではなくなり、インバウンド消費が名目GDPを大きく押し上げている。

こうした中で、企業や家計のインフレ期待が高まっているという認識が執行部・審議委員の中で強まり、今回の政策変更につながったとみられる。審議委員らの24年度以降の経済・インフレ見通しの中央値は従前からほぼ変わっていないが、2024年度のインフレ見通しに上振れリスクがあると考える審議委員がはっきり増えた。

「YCC修正」を躊躇するのではないかと考えたが......

筆者は、7月会合にYCC修正を想定できる中で、次の展望レポートが発表される10月会合におけるYCC修正が、若干ながらも可能性が高いと考えていた。来年の米経済などの外部環境を中心に、2023年にようやく始まった経済の好循環が続くか不確実性が残る。植田総裁が示したこうした懸念を踏まえて、24年の経済状況がもう少し見通せるまで、金融緩和を緩める「YCC修正」を躊躇するのではないかと考えた。

プロフィール

村上尚己

アセットマネジメントOne シニアエコノミスト。東京大学経済学部卒業。シンクタンク、証券会社、資産運用会社で国内外の経済・金融市場の分析に20年以上従事。2003年からゴールドマン・サックス証券でエコノミストとして日本経済の予測全般を担当、2008年マネックス証券 チーフエコノミスト、2014年アライアンスバーンスタン マーケットストラテジスト。2019年4月から現職。『日本の正しい未来――世界一豊かになる条件』講談社α新書、など著書多数。最新刊は『円安の何が悪いのか?』フォレスト新書。

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