コラム

自民党総裁選の行方:安易な増税で年金制度は揺らぐ

2021年09月22日(水)17時08分

3名の有力候補のうち、誰が次期首相となってもおかしくない情勢のまま最後の1週間を迎えた Eugene Hoshiko/Pool via Reuters

<自民党総裁選、候補者の討論を通じて、各人の経済政策に対する考え方が明らかになりつつある>

自民党総裁選挙は接戦となっている。河野氏は党員投票で優位に立っているとみられるが、9月20日前後の自民党員へのメディア調査を踏まえると最初の投開票で河野氏が過半数に達する可能性はかなり低く、上位2名の決選投票に至る可能性が高まった。決選投票では国会議員の票数がより重要になるが、組み合わせは河野vs岸田、河野vs高市、あるいは岸田vs高市のケースもあり得る状況とみられる。3名の有力候補のうち、誰が次期首相となってもおかしくない情勢のまま最後の1週間を迎えた。

河野氏:年金の最低保障分の年金支給に消費税を充てる考え

候補者の討論を通じて、各人の経済政策に対する考え方が明らかになりつつある。これまで金融財政政策に対する考えを明言していない河野氏は、年金の制度改革の必要性に言及するなかで、最低保障分の年金支給に対して消費税を充てる考えを改めて示した。財源として消費増税が想定されているとみられる。

「長生きリスク」を保険でカバーする年金制度を堅実に運用することは、国民生活安定の為に必要である。現行制度に問題があり、支給開始年齢や給付水準変更を行うべきとの議論はあり得るだろう。ただ、制度の欠陥に手をつけず、増税によって年金を補填する対応はむしろ年金保険制度を不安定化させるし、公平性の観点から問題が大きいと思われる。

日本では、社会保障拡充を理由に、政治家と経済官僚が一体となって2010年代に消費増税が行われた。ただし、消費増税が社会保障拡充に回った分は、安倍政権における子育て世代への支援策などかなり限定的だった。社会保障を目的とした増税は、経済合理性が乏しい政治的な方便と筆者は位置付けている。

増税による最低年金支給は、年金制度を揺るがす

また、インフレを伴う持続的な経済成長が、年金を含めた社会保障制度を維持する大前提になる。社会保障制度の問題改善だけではなく、経済政策全体を俯瞰した上で社会保障制度を拡充させる見識と対応が重要だろう。

実際に、脱デフレと経済成長を重視しなかった経済官僚の問題を、安倍前首相が理解したことを契機に、政治主導で2013年の金融政策のレジーム転換が実現した。この安倍政権の対応は、社会保障制度の拡充につながる対応と評価できる。2013年以降金融緩和強化でデフレが和らぎ、労働市場においてはそれ以前まで減少していた雇用者数が増え続け、多くのブラック企業が淘汰されて社会が安定化した。この結果、政治的には安倍政権に長期政権という大きな政治資源をもたらしたが、それに加えて、国内株式市場の上昇転換と円高修正によって、運用資産の増大を通じて年金制度の安定化にも貢献したからである。

経済全体を俯瞰した上で社会保障制度を安定化させる必要があることを、次期首相とそれを支える政治家がどの程度理解しているかは、今後の日本経済と社会の安定そして日本株市場の行方を左右するだろう。仮に河野氏が想定しているとみられる、増税による最低年金支給が早期に実現すれば、むしろ年金制度を揺るがすと筆者は予想している。そして、万が一河野氏を支える政治家の多くが同様の考え方であれば、再び権益の維持が最優先事項になりがちな官僚組織に依存する状況となり、低成長とデフレの問題を放置する経済政策運営が行われるリスクが高まる。

プロフィール

村上尚己

アセットマネジメントOne シニアエコノミスト。東京大学経済学部卒業。シンクタンク、証券会社、資産運用会社で国内外の経済・金融市場の分析に20年以上従事。2003年からゴールドマン・サックス証券でエコノミストとして日本経済の予測全般を担当、2008年マネックス証券 チーフエコノミスト、2014年アライアンスバーンスタン マーケットストラテジスト。2019年4月から現職。『日本の正しい未来――世界一豊かになる条件』講談社α新書、など著書多数。最新刊『円安の何が悪いのか?』フォレスト新書が2025年1月9日発売。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ルペン氏に有罪判決、被選挙権停止で次期大統領選出馬

ビジネス

中国人民銀、アウトライトリバースレポで3月に800

ビジネス

独2月小売売上は予想超えも輸入価格が大幅上昇、消費

ビジネス

日産とルノー、株式の持ち合い義務10%に引き下げ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
2025年4月 1日号(3/25発売)

トランプの「逆風」をはね返す企業の努力が地球を救う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者が警鐘【最新研究】
  • 3
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 4
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 5
    「炊き出し」現場ルポ 集まったのはホームレス、生…
  • 6
    メーガン妃のパスタ料理が賛否両論...「イタリアのお…
  • 7
    3500年前の粘土板の「くさび形文字」を解読...「意外…
  • 8
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 9
    突然の痛風、原因は「贅沢」とは無縁の生活だった...…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 1
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 2
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 10
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」…
  • 10
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story