コラム

新疆の綿花畑では本当に「強制労働」が行われているのか?

2021年04月12日(月)11時45分

新疆綿に関しては、スウェーデンのアパレルメーカーH&Mが昨年新疆産の綿花を自社製品に使わないとアナウンスした。それに対して中国でH&Mのコマーシャルに出ている歌手らが抗議して契約を打ち切ったり、H&Mに対する不買運動が起きたりといった騒動になっている。

H&Mが新疆綿を使わなくなったのは、国際的な綿花畑の認証団体であるベター・コットン・イニシアティブ(BCI)が2020年4月に新疆での認証活動を2020-21年期について打ち切ったことが理由となっている。ではBCIがなぜ打ち切ったかというと、「信頼できる確認と認証を行う環境がない」からだという。公式にはそれ以上の説明がないため、この後は想像するしかないが、アメリカからの指弾に対して新疆の側が警戒心を高め、調査員を受け入れなくなった、ということであろうか。

先に挙げたBBCのサドワースのレポートではBCIの担当者へのインタビューを引用しており、その中で担当者は外国の調査員が新疆にアクセスすることが困難になったこと、および新疆の貧困撲滅事業によって農民たちが望まない労働を強いられている疑いを持っていると述べている。

ただ、解せないのは、BCIは人手による綿摘みが行われている南疆の綿花畑のみならず、すでにほとんど機械化された北疆も含めて新疆の綿花畑すべての認証活動をやめてしまったことである。新疆の域内から本人の意思に沿わない形で綿摘みに動員されている懸念を持っているのであれば、そうした綿摘み労働者を受け入れている綿花畑に対する認証を取り消せばいい話であり、綿摘みが機械化されている綿花畑の認証まで中止するのは筋が通らない。BCIが欧米での政治的な空気に迎合したとの疑いを禁じ得ない。

また、2021年3月にはBCIの上海事務所が2度にわたって「我々は2012年以来これまで新疆で一度も強制労働の事例を発見したことはない」との声明を出し、BCIの本部と鋭く対立している。

アパレルメーカーはどう対応すべきか

以上で、新疆の綿花農業における強制労働の存在を主張するアメリカとイギリスの4本のレポートを検討したが、このうち自ら証拠を捕えようとしているのはゼンツだけで、他の3本は他のレポートの受け売りである。となるとゼンツのレポートが強制労働説の大元ということになるが、中国の報道を曲解しただけのレポートが騒ぎの元なのだとすれば驚きである。

私はもちろん新疆の綿花農業における強制労働がないことを立証したと主張するつもりはない。ただ、強制労働があると断定するには証拠が不十分だといいたいだけだ。

BCIが新疆の綿花畑の認証を中止したというのは繊維・アパレル業界の企業にとっては大変悩ましい状況である。新疆産の綿は中国の綿花生産の85%、世界の綿花生産の20%を占めており、これを使わないことは、特に中国で綿製品の生産や販売を行っている企業にとっては容易ではないであろう。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ドイツ銀、投資銀など主要部門で今年増収へ 自動車部

ビジネス

セブン買収提案、合意に時間かかってもあきらめない=

ビジネス

ECB、FRB独立性巡る米政権の対応注視=フィンラ

ワールド

ロシア、クルスク州全域を近く奪還と表明 要衝スジャ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本人が知らない 世界の考古学ニュース33
特集:日本人が知らない 世界の考古学ニュース33
2025年3月18日号(3/11発売)

3Dマッピング、レーダー探査......新しい技術が人類の深部を見せてくれる時代が来た

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦している市場」とは
  • 2
    白米のほうが玄米よりも健康的だった...「毒素」と「腸の不調」の原因とは?
  • 3
    【クイズ】アメリカを貿易赤字にしている国...1位は中国、2位はメキシコ、意外な3位は?
  • 4
    SF映画みたいだけど「大迷惑」...スペースXの宇宙船…
  • 5
    株価下落、政権幹部不和......いきなり吹き始めたト…
  • 6
    【クイズ】ウランよりも安全...次世代原子炉に期待の…
  • 7
    「トランプの資産も安全ではない」トランプが所有す…
  • 8
    トランプ第2期政権は支離滅裂で同盟国に無礼で中国の…
  • 9
    113年間、科学者とネコ好きを悩ませた「茶トラ猫の謎…
  • 10
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 1
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやステータスではなく「負債」?
  • 2
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦している市場」とは
  • 3
    【クイズ】アメリカを貿易赤字にしている国...1位は中国、2位はメキシコ、意外な3位は?
  • 4
    メーガン妃が「菓子袋を詰め替える」衝撃映像が話題…
  • 5
    うなり声をあげ、牙をむいて威嚇する犬...その「相手…
  • 6
    白米のほうが玄米よりも健康的だった...「毒素」と「…
  • 7
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアで…
  • 8
    「これがロシア人への復讐だ...」ウクライナ軍がHIMA…
  • 9
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」…
  • 10
    113年間、科学者とネコ好きを悩ませた「茶トラ猫の謎…
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 4
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    【クイズ】アメリカを貿易赤字にしている国...1位は…
  • 10
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story