コラム

米中新冷戦でアメリカに勝ち目はない

2020年09月08日(火)11時20分

以上のように、アメリカ政府はファーウェイら中国のハイテク企業を目の敵とし、権限が及ぶ範囲はもちろんのこと、他国の権限に属することにまで圧力を加えることで締めあげようとしている。

このうち、中国製の通信機器を通じて情報が抜き取られる、という疑惑についてであるが、本来、情報の漏出を防ぐ責任は通信ネットワークを運営する通信事業者にあるはずである。情報漏出を防ぐためには、漏出が起きた時に政府が通信事業者を罰するのが有効であると思う。通信の専門家でもない政治家が「中国製の機械は危ないから使うな」と命令すれば、通信事業者は中国製を使いさえしなければいいんでしょと考えて、かえって情報の漏出防止に対して必要な対策を怠る危険性がある。

日本政府は2018年12月に民間の通信事業者らに情報漏出や機能停止の懸念がある情報通信機器を調達しないでほしいと要望した。字句通りにとらえるならば、この日本政府の対策の方がアメリカよりも適切である。

中国製品は危険なので追放したら安心だ、という論法は、2008年1月に日本で起きた「毒ギョーザ事件」に端を発する中国産食品追放運動を思い出させる。当時は、スーパーの棚から中国産と表示された食品が軒並み下ろされ、中華料理屋の入り口には「当店は中国産の材料を使っていませんので安心です」という貼り紙がされた。

東西冷戦下「ココム」の枠組み

いうまでもなく、中国産は危険だから追放し、国産は安全だと信じるのは、偽りの安心をもたらすだけで、安全はもたらさない。国産だからといって細菌や寄生虫などへの警戒を怠れば大変なことになる。実際、2013年12月に日本の冷凍食品工場で日本人の従業員が10回以上にわたって食品に農薬を故意に付着させる事件があり、全国で3000人近くの人々がそれを食べて食中毒になった。国産だから安心だという慢心による手痛い失敗である。

一方、輸出管理規則によってアメリカ企業から中国の特定企業への製品やソフトウェアや技術の輸出を禁じるというのは東西冷戦の時に作られた輸出管理の枠組を用いている。

第2次世界大戦が終結した直後から、アメリカとソ連はヨーロッパを東西に、朝鮮半島を南北に分割して対峙し、東西冷戦が始まった。特に1949年にはソ連が初の核実験を成功させ、中国では共産党が内戦に勝利するなどソ連陣営の攻勢が強まり、危機感を高めたアメリカはソ連陣営に対して兵器や兵器の製造に役立つ機械や材料といった「戦略物資」を輸出しないようNATO(北大西洋条約機構)に加盟する西ヨーロッパ各国に求めた。各国の輸出規制の内容を揃える調整を行うための政府間の秘密組織としてココム(対共産圏輸出統制委員会)が1949年秋ごろに作られた。まだ占領下にあった日本もアメリカによって輸出を規制され、独立を回復するやココムの一員となった。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

マスク氏、CEO退任の可能性 1兆ドル報酬案否決な

ワールド

米中外相が電話会談、30日の首脳会談に向け地ならし

ワールド

トランプ氏、28年副大統領候補への出馬否定 「あざ

ビジネス

米国株式市場・午前=主要3指数、日中最高値 米中貿
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 2
    庭掃除の直後の「信じられない光景」に、家主は大ショック...ネットでは「ラッキーでは?」の声
  • 3
    「平均47秒」ヒトの集中力は過去20年で半減以下になっていた...「脳が壊れた」説に専門家の見解は?
  • 4
    熊本、東京、千葉...で相次ぐ懸念 「土地の買収=水…
  • 5
    「信じられない...」レストランで泣いている女性の元…
  • 6
    中国のレアアース輸出規制の発動控え、大慌てになっ…
  • 7
    シンガポール、南シナ海の防衛強化へ自国建造の多任…
  • 8
    「宇宙人の乗り物」が太陽系内に...? Xデーは10月2…
  • 9
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した…
  • 10
    「死んだゴキブリの上に...」新居に引っ越してきた住…
  • 1
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 2
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 3
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 4
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した…
  • 5
    超大物俳優、地下鉄移動も「完璧な溶け込み具合」...…
  • 6
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 7
    熊本、東京、千葉...で相次ぐ懸念 「土地の買収=水…
  • 8
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 9
    【2025年最新版】世界航空戦力TOP3...アメリカ・ロシ…
  • 10
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 1
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 2
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 9
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story