コラム

北京の火災があぶり出した中国の都市化の矛盾

2017年12月27日(水)14時35分

なぜなら、2010年に北京市の議会において、北京市の総人口を1800万人以内に抑えるため、低付加価値の産業を追い出すことで「下流労働力」を減らし、その代わりに「高級人材」を呼び込むべきだ、という提言がなされているからだ(「中国新聞網」2010年7月30日)。その議会報告ではさすがに「下流人口」を強制的に追いだせとは言っていないものの、北京市政府は浙江村を何度かつぶすことで外来人口を追い出してきた実績がある。今回の違法建築一斉取り壊しも1990年代以来何度も繰り返されてきた外来人口追い出し策の流れを汲んでいる。

違法建築の放置

北京市政府の言い分では、11月の火災のあと市内の外来人口の集住地域を一週間検査したら安全性に問題のある箇所が2万5000カ所以上も見つかり、これ以上放置できないのだという。であるならば、それほど多くの違法建築ができるまで手をこまねいてきた北京市政府の責任はどうなるのか、と尋ねたくなる。

この問題には、中国の大都市が抱える矛盾が集約されている。中国では都市と農村が制度的にくっきりと分けられている。戸籍も非農業戸籍(いわゆる都市戸籍)と農業戸籍に分かれているし、土地も都市部は国有、農村部は村による集団所有となっている。北京市のなかにも土地が国有の都市部と、土地が集団所有の農村部がある。スラム街ができるのはだいたい都市部から一歩外へ出た農村部である。農村部のなかでも、とりわけ農家の家の周りの土地は事実上農家の私有地に近い。大紅門村でも、温州人たちが農家の家の周りの土地を借りてレンガ積みの家を建てることで浙江村ができあがった。都市から一歩外へ出ると、とたんに地方政府の管理がゆるくなり、違法建築の住居が多くなる。

安全に問題のある箇所が2万5000カ所にもなるまで放置されていたのは、都市と農村とを分断して管理する体制に問題の根源がある。今後こういう問題が起きないようにするには、都市部と農村部の区別をなくし、北京市全域で同一の建築基準が適用されるような態勢を作ることが必要だ。

だが、北京市がこれまでやってきたことは、時折思いついたようにスラム街を叩き潰すことばかりであった。これでは問題の根本的解決にはならない。浙江村が何度も不死鳥のようによみがえったように、今回すみかを失った人たちもほとぼりが冷めたらきっと北京に戻ってくるだろう。なにしろ北京市経済にとって外来人口はなくてはならないものなのである。北京市がやっていることは市場メカニズムに対する空しい抵抗だと言わざるを得ない。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

GDPギャップ、25年4―6月期は需要超2兆円=内

ビジネス

午後3時のドルはドル147円付近、売り材料重なる 

ワールド

ロシア、200以上の施設でウクライナの子どもを再教

ワールド

アングル:米保守活動家の銃撃事件、トランプ氏が情報
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 3
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く締まった体幹は「横」で決まる【レッグレイズ編】
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 6
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 7
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 8
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 9
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 10
    「この歩き方はおかしい?」幼い娘の様子に違和感...…
  • 1
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 2
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story