コラム

北京の火災があぶり出した中国の都市化の矛盾

2017年12月27日(水)14時35分

住居を壊され瓦礫の中を歩く出稼ぎ労働者、背後には北京市民が住む高層マンションが(12月13日) Thomas Peter-REUTERS

<北京のアパート火災の後、市政府は違法建築の取り壊しにかかった。この機に乗じて出稼ぎ労働者などの「下流人口」を追い出す狙いか>

2017年11月18日、北京市郊外の西紅門鎮という出稼ぎ労働者たちが多く住む地域で火災が起き、19人が死亡した。火災が起きた翌日、北京市政府は市内の違法建築を徹底的に取り締まると宣言し、市内各地で出稼ぎ労働者たちが住む住宅の取り壊しにかかった。

ところが、一口に「出稼ぎ労働者」と言っても、北京市の場合、2173万人の人口(2016年末時点)のうち、808万人もの人々が北京市の戸籍を持っていない「外来人口」、すなわち出稼ぎ労働者なのである。北京市のような大都市は住宅価格の高騰を抑えるために外来人口による住宅購入を制限しているため、外来人口はアパートに住むことが多い。

路頭に迷う外来人口

とりわけ、所得の低い外来人口は西紅門鎮のように都市と農村の境のようなところにある安い住宅に住んでいる。そうした住宅が市内で一斉に取り壊され始めたため、突然住む場所を失った出稼ぎ労働者たちが路頭に迷う結果となった。ネット上では、「北京市は下流人口(中国語では『低端人口』)の追い出しにかかっている」との批判が飛び交い、追い出しに反対する署名運動が展開され、家を失った人々に仮の住まいを提供する運動も起こった。

北京市政府はテレビを通じて「北京市が下流人口を追い出そうとしている、なんていうのは根も葉もない噂だ」と否定したが、その一方でネット上での取り締まりに対する抗議の書き込みが当局側によって次々と消去されているようである。住まいを失った人々だけでなく、この事件に義憤を感じた知識人たちの間で政権に対する不信感と絶望感が深まった。

こうして封じ込められた不信感が今後中国の政治にどのような影響を及ぼすのか、それはそれで気になるところだが、私が興味を覚えたのは、火災が起きた地域が、1990年代に存在した北京の「浙江村」の流れを汲んでいるらしいということである。

「浙江村」とは、浙江省温州市から北京に出稼ぎに来た人たちによって1980年代から形成され、90年代に最盛期を迎えたスラム街である。それがあった場所は天安門から真南に7キロぐらい行ったところにある大紅門村とその周辺地域である。そこは衣服や服飾資材を扱う大きな卸売市場に隣接していて、卸売市場で商売をする温州出身者たちが、農家の敷地を借りてレンガ積みの住宅を建てて住むようになった。

入り組んだ狭い道に、建築に関する規制などかまわずに適当に建てた家が密集し、路上にはゴミが散乱していた。しかし、それらは単なる住宅ではなく、アパレル縫製の作業場を兼ねていた。家の1階ではミシンで革コートを縫製する人が数人働き、ハシゴであがる2階に寝る場所があった。そんな住居を兼ねた作業場が最盛期には何百も密集していた。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

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