コラム
欧州インサイドReport 木村正人
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今年も化石燃料によるCO2排出量は「過去最高」に...「生きるか死ぬかの問題だ」WHO専門家がCOP29で警告

<2015年のパリ協定以降、化石燃料による排出量は8%増加。島嶼国やコロンビアは化石燃料不拡散条約の締結を訴える> [バクー発]「今こそ化石燃料の拡散を止める時だ」――核戦争の恐怖が核兵器不拡散条約(NPT)を実現させたように、地球温暖化を産業革命前比で摂氏1.5度に抑えるため化石燃料不拡散条約を締結しようと、島嶼国やコロンビアなど14カ国が国際社会に訴えている。 昨年、アラブ首長国連邦(UAE)での国連気候変動枠組み条約第28回締約国会議(COP28)は「化石燃料からの脱却を進め、この重要な10年で行動を加速させる」ことで合意した。しかしアゼルバイジャンの首都バクーでのCOP29では化石燃料産業ロビイストが大手を振って歩く。 今回発表された英エクセター大学などグローバル・カーボン・プロジェクトの報告書によると、2015年のパリ協定以降、世界の化石燃料による二酸化炭素排出量は8%増加した。今年、これらの排出量は過去最高の374億トンに達し、前年から0.8%増加すると予測されている。 「汚染された空気によって毎年700万人が早死にする」 石炭・石油・ガスの排出量は今年それぞれ0.2%、0.9%、2.4%増加。「気候変動の影響はますます劇的になりつつあるが、化石燃料の燃焼がピークに達した兆候はまだ見られない」(報告書)。森林伐採など土地利用の変化を含めた総排出量も昨年の406億トンから416億トンに増えるという。 ===== 「化石燃料からの脱却は生きるか死ぬかの問題だ」 --> 世界全体の32%を占める最大の排出国・中国の排出量は0.2%の微増、13%を占める米国の排出量は0.6%減、8%を占めるインドの排出量は4.6%も増加、7%を占める欧州連合(EU)域内の排出量は3.8%減少すると予測される。 WHOのマリア・ネイラ博士(筆者撮影) 世界保健機関(WHO)のマリア・ネイラ博士はCOP29での記者会見で「気候危機は健康危機でもあり、健康に深刻かつ劇的な影響を及ぼしている。気候危機の代償はすでに私たちの肺が払っている。汚染された空気にさらされることで毎年700万人が早死にしている」と指摘した。 「化石燃料からの脱却は生きるか死ぬかの問題だ」 化石燃料は大気汚染の原因と75%重なっており、私たちの肺は有害物質だらけとネイラ博士はいう。大気中に浮遊する微小粒子状物質(PM2.5)はWHOの安全基準では年平均で1立法メートル当たり5マイクログラムとなっているが、東京では2.6倍の13マイクログラム。 「経済的な理由でグリーンエネルギーへの移行を野心的なスピードで進められないと言う人がいれば、その代償は本当に莫大で、私たちの肺が最大の犠牲者だと教えてあげればいい。化石燃料からの脱却を加速させることは生きるか死ぬかの問題だ」とネイラ博士は強調した。 ===== 化石燃料の段階的な廃止を世界的に管理する --> フィジーの気候変動問題担当ビマン・プラサド副首相は「気候危機の影響は海面上昇、異常気象の増加、生態系の乱れなど太平洋島嶼国に最も顕著に現れており、私たちの家屋、健康、生活を脅かしている。主に石油・ガス・石炭の採掘と使用が続いていることに起因する」と訴える。 化石燃料の段階的な廃止を世界的に管理する 「化石燃料は過去10年間の全炭素排出量の86%を占める。私たちは裕福な高汚染国による温室効果ガス排出の人的・経済的影響を被っている。1.5度目標を達成するため化石燃料不拡散条約の提案を支持する。来年大きな前進を遂げるだろう」とプラサド副首相は意気込んだ。 化石燃料不拡散条約は気候不正義に対処し、エネルギー移行を実現すると同時に化石燃料の段階的な廃止を世界的に管理する手段だ。法的拘束力のあるメカニズムの提案は富裕国に責任を負わせる一方で、気候変動に脆弱な国々に移行に必要な財政的・技術的支援を提供するという。 コロンビアのスサナ・ムハマド環境相(同) コロンビアのスサナ・ムハマド環境相は「化石燃料不拡散条約の機運は引き続き高まっている。今年さらに10カ国が協議に参加する予定だ。COP29で気候資金に関する数値化された野心的な目標が設定されるようともに取り組んでいく」と話した。 ===== 「地球上の生命が絶滅するオムニサイドを回避せよ」 --> 「地球上の生命が絶滅するオムニサイドを回避せよ」 化石燃料産出国コロンビアのグスタボ・ペトロ大統領は元反政府ゲリラの出身。昨年のCOP28で参加理由について「私たちの社会は石油と石炭に依存しているのだから『大統領がそんな経済的自殺をするわけがない』と言う人がいるかもしれない」と語っている。 「しかしこれは経済的自殺ではない。地球上の生命が絶滅する『オムニサイド』を回避しようとしている。化石資本と生命との間で私たちは生命の側を選ぶ」とペトロ大統領は明言した。コロンビアは今年、国連生物多様性条約第16回締約国会議(CBD COP16)の議長国を務めた。 核兵器保有国が国連安全保障理事会常任理事国の5カ国だけでなく、インド、パキスタン、イスラエル、北朝鮮に拡散し、有名無実化する核兵器不拡散条約ではなく、核兵器の全廃に向け、2021年に発効した核兵器禁止条約(TPNW)をモデルにすべきだとの声もある。

2024.11.20 
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日本などG7は「気候変動対策への財政負担から逃げ続けてきた」...COP29でも向けられる厳しい目

<日本は排出削減対策が講じられていない国外の化石燃料エネルギー部門への公的直接支援を終わらせる方針を示しているが> [バクー発]国際協力銀行(JBIC)が2016年以降、化石燃料ガス事業を拡大するため186億ドルを提供してきたことが国際環境NGO、FoEジャパンの調べで分かった。途上国の気候変動への適応と緩和を支援する「緑の気候基金」に日本が拠出する42億ドルの4倍以上に当たる。 オーストラリア、バングラデシュ、カナダ、インドネシア、モザンビーク、フィリピン、タイ、米国、ベトナムの事例をまとめたFoEジャパンの報告書によると、JBICは23年以降も化石燃料ガス事業に39億ドルの投融資を行い、現地住民の批判にさらされている。 日本は22年の主要7カ国(G7)首脳会議で「排出削減対策が講じられていない国際的な化石燃料エネルギー部門への新規の公的直接支援を同年末までに終わらせる」ことに同意した。「排出削減対策」の解釈について市民社会は日本政府が進める水素混焼に対して厳しい見方を示す。 「ガス田開発やガス火力発電事業に引き続き投融資」 JBICの林信光総裁は国際合意(排出削減対策)に整合しているかどうか確認しながら「ガス田開発やガス火力発電所のプロジェクトに引き続き投融資していく」方針だ。日本のエネルギー基本計画では2030年までにガス火力発電への30%水素混焼の導入・普及を目指している。 ===== アゼルバイジャンは輸出の90%を化石燃料に依存 --> 昨年、アラブ首長国連邦(UAE)のドバイで開かれた国連気候変動枠組み条約第28回締約国会議(COP28)の成果文書は「化石燃料からの脱却」を明記した。しかしCOPは3年連続で、化石燃料産出国で開かれ、天然ガスは過渡的エネルギーとして免罪符を得つつある。 アゼルバイジャンの首都バクーで開かれているCOP29には少なくとも1773人の化石燃料ロビイストが参加を認められたことが環境団体の連合体「キック・ビッグ・ポリューターズ・アウト」(大量排出者を排除せよ)の分析で明らかになった。 アゼルバイジャンは輸出の90%を化石燃料に依存 議長国アゼルバイジャンのイルハム・アリエフ大統領がCOP29の開幕演説で石油と天然ガスを「神からの贈り物」と述べ、自国を「中傷と脅迫の組織的なキャンペーン」の犠牲者に例え、石油・天然ガス産業を目の敵にする西側メディアと気候活動家に反論した。 アゼルバイジャンは予算の60%、輸出の90%を化石燃料に依存する。アリエフ大統領は米国と欧州連合(EU)の二重基準をやり玉に挙げる。化石燃料産出国の巻き返しが激化する中、化石燃料を燃やすことに途上国や市民社会からは一段と厳しい目が向けられている。 15日、世界の環境NGOが参加する「気候行動ネットワーク」(CAN)は日本を含むG7に「本日の化石賞」を授与した。COP29の焦点である気候資金について「G7は過去20年間、財政責任を回避し、逃げ続けてきた」というのがその理由だ。 ===== 「日本の協力を望むが、持続可能で再生可能であるべき」 --> 「今日の化石賞」に選ばれたG7(CAN Japan提供) 「日本の協力を望むが、持続可能で再生可能であるべき」 バングラデシュのメグナハットLNG(液化天然ガス)火力発電所には国際協力機構(JICA)やJBICも資金提供している。環境団体ウォーターキーパー・バングラデシュのシャリフ・ジャミル氏は「わが国におけるガス火力発電所建設で日本は大きな役割を担っている」と語る。 シャリフ・ジャミル氏(同) 「バングラデシュのデルタ地帯では多くの人々が暮らしている。ガス火力発電は解決策にはならない。私たちを守りたいのであれば、再生可能エネルギーの計画が必要だ。もちろん日本の協力を望んでいるが、持続可能で再生可能であるべきだ」(ジャミル氏) 環境団体オイルチェンジ・インターナショナルによると、海外の化石燃料事業に20~22年に公的資金を提供した20カ国・地域(G20)の国で日本はカナダ、韓国に次ぐ3位。海外のLNG輸出施設への資金提供(12~26年見通し)で日本は中国と米国を押さえ1位になっている。 環境エネルギー政策研究所(isep)の松原弘直主席研究員は「日本は電源構成の約70%を化石燃料に依存している。これをゼロにしていく筋道が見えていない。NGOや研究者は35年には再エネ比率を80%に引き上げるゼロカーボン・シナリオを描く」と語る。 ===== 「30~40年まで天然ガスの安定的調達は不可避」 --> 「30~40年まで天然ガスの安定的調達は不可避」 松原氏によると、NGOのシナリオ通り原発も石炭もゼロにするとなると、天然ガスが必要になる。日本はこれまで長期契約で海外に天然ガスを依存してきた。30~40年までは天然ガスの安定的な調達は避けられない。その上で再エネを増やしていく戦略を立てなければならない。 「天然ガスを使う場合でも脱炭素になるような対策が必要だが、水素アンモニア混焼は非常にコストが高くつく。望むべくは40年までには天然ガスもゼロに近づけるような道筋を示していく必要があるのではないか」と問いかける。

2024.11.16
欧州インサイドReport 木村正人

脱炭素化が「新たな地政学」生む...COP29で「温室効果ガス排出81%削減」表明した英スターマー首相の皮算用

<国連気候変動枠組み条約第29回締約国会議(COP29)で野心的な排出削減計画を発表したイギリス。脱炭素化で新しい産業と雇用を生み出せるか>

2024.11.13
欧州インサイドReport 木村正人

「反ユダヤ」は暴発寸前だった...アムステルダム、サッカーファン襲撃事件の背後で起きていたこと

<1938年にドイツ各地で反ユダヤ主義暴動が発生した「水晶の夜」の悪夢を彷彿させるような事件がオランダのアムステルダムで発生> [ロンドン発

2024.11.09
欧州インサイドReport 木村正人

日本のGDPを抜いたドイツの「実は厳しい」現実...連立政権は崩壊へ、ショルツ首相が財務相を解任の衝撃

<米大統領選でのトランプ前大統領の圧勝にドイツの退潮も重なって、ウクライナの出口戦略にも大きな影響が及びそうだ> [ロンドン発]オラフ・ショ

2024.11.07
欧州インサイドReport 木村正人

「エゴは外に置いてきて」 クインシー・ジョーンズ、個性派スターをまとめあげた『We Are The World』の奇跡

<飢餓救済チャリティーソング『ウィ・アー・ザ・ワールド』で、個性とアクの強いトップアーティストたちを見事にまとめ上げた唯一無二の才能> [ロ

2024.11.06
欧州インサイドReport 木村正人

大増税と20兆円の資本支出に「ギャンブルだ」の声...英国は「割安の罠」から抜け出せるか?

<機能不全に陥った財政と公共サービスの立て直しに向けて大胆な予算案を発表したイギリスの労働党政権は「ギャンブル」に勝てるか> [ロンドン発]

2024.10.31
欧州インサイドReport 木村正人

いまや消費者は「試験場のモルモット」に...利益至上主義の巨大テック企業に飲み込まれた「AI」の未来

<すさまじいペースで進む技術革新にまったく追いつけない AI規制。巨大テックは「中国脅威論」を隠れ蓑に規制を回避し、独占空間を拡大させ続けて

2024.10.30
欧州インサイドReport 木村正人

ウクライナ戦争に金正恩が「暴風軍団」を派遣...北朝鮮とロシアの接近に中国・習近平が苛立つワケ

<中国の習近平国家主席から北朝鮮の金正恩に送られた書簡には「友好的な隣国」への言及がなく、両首脳の親交を記念する「足跡銅板」も取り外されたと

2024.10.26
欧州インサイドReport 木村正人

ロシアと、大戦で敗れた「枢軸国」との明確な違い...プーチンが国際社会で「決して孤立しない」理由

<ロシアでBRICS首脳会議が開かれ、プーチン大統領が中国、インドなど36カ国の首脳もてなした。西側諸国はBRICSを脅威と単純に見なすべき

2024.10.23
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特集:超解説 トランプ2.0
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2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

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