コラム

元徴用工問題の解決案は日本政府の主張に沿った意外な妙手

2023年01月24日(火)12時30分
尹錫悦

徴用工問題の解決に意欲を見せる尹 SOUTH KOREA PRESIDENTIAL OFFICEーAP/AFLO

<韓国側が自らの資金で問題への対処を自ら試みているのだから、この形は「元徴用工問題は韓国の国内問題」という日本政府の主張に沿った形になっている>

元徴用工問題が、ようやく動き出した。とはいえ、ずいぶん変わった形である。これまでの両国間の歴史認識問題をめぐる動きには、明確なパターンがあった。日韓両国のどちらかが問題を提起し、相手側に解決案を求める。解決案を作った側は問題を提起した側に了承を求め、有形無形の形で合意が成立する。そしてその後、具体的な措置が行われる、というものである。

しかし、今回は、両国間において外交的な合意が成立しないままに、事態が動き出した。もちろん、それは両国が外交的努力を行わなかったことを意味しない。とりわけ韓国の尹錫悦(ユン・ソギョル)政権は発足の直後から、民間企業などが出資する財団が日本企業などの債務を肩代わりする形の解決案を日本側に提示し、その受け入れを求めてきた。

とはいえ、日本側にはこれを受け入れられない理由が存在した。この解決案を実施するに当たり、韓国側はいくつかの形での協力を求めてきた。内容は、財団に出資することと、戦時動員への加担を当事者に謝罪することを日本企業に対しても日本政府が促すこと、この解決案そのものに「歓迎の意」を表すること、などであった。

とはいえ、日本側はこの解決案の有効性と、継続性への疑念を払拭できなかった。日本企業に対する債権を財団が肩代わりするためには、その債権を持つ人々が日本企業などへの債権の行使を断念することが前提となる。しかし、現実には多くの原告が依然として、日本企業から直接、慰謝料や謝罪を受けることを希望しており、どれくらいの人がこれを受け入れるかは不透明である。

加えて、慰安婦合意によりつくられた財団が文在寅(ムン・ジェイン)政権期に解散させられたように、今回の解決案が、次期政権以降に維持されるかも確かではない。仮にこれに応じて裏切られれば、協力した日本政府に対して国内から批判が向けられる可能性がある。慰安婦合意を結んだ当時の外相として、当事者でもある岸田首相としては、同じ事態が繰り返されることは絶対に避けたいのが当然である。

こうして、日本側が協力の意思を明確にしないまま、「しびれを切らした形」になった韓国側が自らの側の民間企業の資金だけで財団を動かし、当事者などとの協議を開始して現在に至っている。しかし、実はこの状況はそれ自体が、意外に上手な「落としどころ」である可能性がある。

プロフィール

木村幹

1966年大阪府生まれ。神戸大学大学院国際協力研究科教授。また、NPO法人汎太平洋フォーラム理事長。専門は比較政治学、朝鮮半島地域研究。最新刊に『韓国愛憎-激変する隣国と私の30年』。他に『歴史認識はどう語られてきたか』、『平成時代の日韓関係』(共著)、『日韓歴史認識問題とは何か』(読売・吉野作造賞)、『韓国における「権威主義的」体制の成立』(サントリー学芸賞)、『朝鮮/韓国ナショナリズムと「小国」意識』(アジア・太平洋賞)、『高宗・閔妃』など。


あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

トランプ氏が解任の労働省前高官、「統計への信頼喪失

ワールド

英米が420億ドルのテック協定、エヌビディア・MS

ビジネス

「EUは経済成長で世界に遅れ」 ドラギ氏が一段の行

ビジネス

独エンジニアリング生産、来年は小幅回復の予想=業界
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 2
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、日本では定番商品「天国のようなアレ」を販売へ
  • 3
    中国は「アメリカなしでも繁栄できる」と豪語するが...最新経済統計が示す、中国の「虚勢」の実態
  • 4
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く…
  • 7
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 8
    「なにこれ...」数カ月ぶりに帰宅した女性、本棚に出…
  • 9
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 10
    「この歩き方はおかしい?」幼い娘の様子に違和感...…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story