コラム

イデオロギーで分断された韓国司法の真実

2021年06月30日(水)15時00分

日本の最高裁に相当する韓国大法院の院長は大統領が任命する REUTERS/Kim Hong-Ji

<次期大統領選が近づく韓国で激化する進歩派と保守派の対立。対日訴訟の矛盾する判決は文政権の政治・外交姿勢とは関係ない>

「ソウル地裁の判決は、法治国家であれば当然の判決です。しかし、近頃になって文在寅(ムン・ジェイン)大統領は日本に対し融和姿勢を見せており、これが時の政権の意向に沿って出された判決ではないかと疑心を抱かざるをえません。これまで、反日感情や時の政権の意向に流され、国際条約や法治主義をも蔑ろにしていたと言わざるをえない韓国司法に対し、引き続き動向を注視する必要があります」

ある日本の与党議員が先日、自身のホームページに書いた一文だ。ここで明確に示されているのは、今日の日本人の多くが持つ韓国の司法に対するステレオタイプな認識である。

すなわち、韓国の司法とは「反日感情や時の政権の意向」に流される存在であり、そのようなこの国の司法の在り方こそが、日韓関係を不安定化させている、とする見方である。韓国の司法は元慰安婦問題や第2次大戦時の朝鮮半島からの労働者動員に関する法解釈を、幾度も変えてきた。

そして韓国におけるこのような現象について、多くの論者は時にそれが世論の強い「反日感情」を受けたものであり、またあるときには、政権の意向を受けたものだと説明してきた。それは時に、韓国には憲法の上に「国民情緒法」が存在するのだ、と揶揄的にさえ語られてきた。

しかしながら、2021年に入っての韓国司法をめぐる状況は、このようなステレオタイプな論理では説明不可能なものになっているように見える。例えば慰安婦問題について1月8日、ソウル中央地方裁判所は日本政府の賠償責任を認める判決を下している。

周知のようにこの判決は、それまでの韓国の裁判所における訴訟では日本政府への直接の損害賠償請求はできない、という日韓両国行政府が共有する理解に反するものだったから、これが日韓関係に与えた影響は甚大だった。

日本政府はこの裁判について、そもそも「主権免除」の原則から韓国の裁判所に日本政府に対する裁判権は存在しないとの立場を取っており、それゆえ控訴しなかったため、判決は同月23日に早くも確定した。

そしてこの判決について日本の一部メディアは、やはり韓国の強い反日意識と、日本に対する文政権の強硬な意思を表したものだと説明した。ところがここから流れは大きく変わる。3月、ソウル中央地裁の異なる裁判官が自らの職権において、1月の判決に対し、訴訟費用の確保に向けた日本政府資産の差し押さえの要求を拒否する決定を下した。

同じソウル中央地裁は4月、1月とほぼ同様の元慰安婦らに関する裁判において、一転して日本政府の主張する「主権免除」の適用を認め、原告の要求を棄却する判断を下している。判決の内容は、1月の同じ裁判所の判決を明らかに意識したものであり、裁判官はこれに逐一反論する形で判決文を書いている。

プロフィール

木村幹

1966年大阪府生まれ。神戸大学大学院国際協力研究科教授。また、NPO法人汎太平洋フォーラム理事長。専門は比較政治学、朝鮮半島地域研究。最新刊に『韓国愛憎-激変する隣国と私の30年』。他に『歴史認識はどう語られてきたか』、『平成時代の日韓関係』(共著)、『日韓歴史認識問題とは何か』(読売・吉野作造賞)、『韓国における「権威主義的」体制の成立』(サントリー学芸賞)、『朝鮮/韓国ナショナリズムと「小国」意識』(アジア・太平洋賞)、『高宗・閔妃』など。


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