コラム

検察と二つの民主主義

2020年05月25日(月)07時42分

この点についての韓国の「進歩派」の見解は明確だ。彼らは言う。永らく権威主義体制が続いてきた韓国では、その残址となる非民主主義勢力が依然として残っている。この非民主主義勢力は更にさかのぼれば、植民地期の日本への協力者、韓国でいうところの「親日派」に連なる人々であり、韓国の真の民主化の為には権力から排除されなければならない。そして、今日、このかつての権威主義体制の流れを引く勢力の最大、そして最後の牙城になっているのが検察だ。つまり、彼らは検察の独立性を盾に自らを守っているのであり、だからこそこの国の民主化が完結する為には、検察の独立性が打ち破らねばならない。彼らはこの様に主張しているのである。

そしてこのような日韓両国の違いの背景には、民主主義を巡る両国の根本的な考え方の違いがある。多くの民主主義国には、「三権分立」という言葉に代表されるような、何かしらの権力の抑制と均衡のシステムが存在している。しかしながら、このシステムは考えようによっては、民主主義とは大きく矛盾するものである。例えば、日本では立法府は選挙により民主主義的に選出され、行政府はこの立法府によって選ばれる内閣によって構成されている。しかし、司法府はそうではない。裁判官に選ばれる人々は選挙の洗礼を経ておらず、民主主義的な統制は最高裁判事の国民審査等、限られた分野にしか及んでいない。そもそも検察に至っては厳密に言えば、司法ではなく、行政の一部であり、だからこそ法律的には法務大臣に指揮権も与えられている。そうでなければ、検察への民主主義的な統制が弱まり、韓国の進歩派が主張するように、独自の権力となってしまう可能性も生まれるからである。

民主主義の完全性を信じない日本人

にも拘わらず、我々が行政府による検察への統制を必ずしも良しとしないのは、突き詰めて言えば、我々が自らの選んだ筈の政府、つまりは我々自身の判断を信用していないからである。そしてそれは、我々が選挙により支えられた今の民主主義が「完全ではない」と考えており、だからこそ民主的に選出された政府であっても、その権力の暴走は抑制されなければならない、と考えている事を意味している。つまり、我々は少なくともこの点では、民主主義を絶対的なものだと、信じてはいないのである。

しかしながら、韓国の「進歩派」はそう考えない。そこでは検察もまた、行政府の一部である以上、だからこそ当然、国民の意志に従うべきだと考えられている。世論調査が盛んな韓国ではこの国民の意志は、選挙以外の手段を含む様々な方法で確認されるものの、究極的にはこの国民の意志を体現するのは大統領制の下、国民によって直接選出された大統領である。だから最終的には検察もまた、国民の意志の執行者である行政府に従うべきである、という事になる。

プロフィール

木村幹

1966年大阪府生まれ。神戸大学大学院国際協力研究科教授。また、NPO法人汎太平洋フォーラム理事長。専門は比較政治学、朝鮮半島地域研究。最新刊に『韓国愛憎-激変する隣国と私の30年』。他に『歴史認識はどう語られてきたか』、『平成時代の日韓関係』(共著)、『日韓歴史認識問題とは何か』(読売・吉野作造賞)、『韓国における「権威主義的」体制の成立』(サントリー学芸賞)、『朝鮮/韓国ナショナリズムと「小国」意識』(アジア・太平洋賞)、『高宗・閔妃』など。


あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米、イラン在外凍結資産の解除に同意=イラン高官筋

ワールド

ガザ平和評議会、資金不足報道否定 「要請全額満たさ

ワールド

情報BOX:米とイラン和平交渉、知っておくべき主な

ワールド

米とイランの交渉団がパキスタン入り、レバノン停戦な
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプの大誤算
特集:トランプの大誤算
2026年4月14日号(4/ 7発売)

国民向け演説は「フェイク」の繰り返し。泥沼化するイラン攻撃の出口は見えない

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    バリ島沖の要衝で「中国製水中ドローン」が回収される...潜水艦の重要ルートで一体何をしていた?
  • 2
    古代のパピルスから新たに見つかった「2500年前の文章」...歴史を塗り替えかねない、その内容とは?
  • 3
    停戦合意後もレバノン猛攻を続けるイスラエル、「国防軍は崩壊寸前」
  • 4
    撃墜された米国機から財布やID回収か、イラン側が拡…
  • 5
    目のやり場に困る...元アイスホッケー女性選手の「密…
  • 6
    中国がイラン戦争一時停戦の裏で大笑い...一時停戦に…
  • 7
    ポケモンで遊ぶと脳に「専用の領域」ができる? ポ…
  • 8
    「仕事ができる人」になる、ただ1つの条件...「頑張…
  • 9
    「南東部と東部の前線で480平方キロ奪還」とウクライ…
  • 10
    健康を守るはずのサプリが癌細胞を助ける? 思いがけ…
  • 1
    米特殊部隊、米空軍兵士救出「大成功」に残る多くの疑問
  • 2
    古代のパピルスから新たに見つかった「2500年前の文章」...歴史を塗り替えかねない、その内容とは?
  • 3
    バリ島沖の要衝で「中国製水中ドローン」が回収される...潜水艦の重要ルートで一体何をしていた?
  • 4
    韓国、生理用品無償支給を7月から開始 靴の中敷きで…
  • 5
    「南東部と東部の前線で480平方キロ奪還」とウクライ…
  • 6
    イラン戦争の現実...アメリカとイスラエル、見え始め…
  • 7
    「考えの浅い親」が子どもに言ってしまっている口ぐ…
  • 8
    「地獄を見る」のは米国か──イラン地上侵攻なら革命…
  • 9
    撃墜された米国機から財布やID回収か、イラン側が拡…
  • 10
    ポケモンで遊ぶと脳に「専用の領域」ができる? ポ…
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    米特殊部隊、米空軍兵士救出「大成功」に残る多くの疑問
  • 3
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅」企業が救う、ウクライナの未来
  • 4
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期ス…
  • 5
    古代のパピルスから新たに見つかった「2500年前の文…
  • 6
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え…
  • 7
    バリ島沖の要衝で「中国製水中ドローン」が回収され…
  • 8
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が…
  • 9
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製…
  • 10
    メーガン妃、娘リリベット王女との「お手伝い姿」公…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story