コラム

輸出規制への「期待」に垣間見る日韓関係の「現住所」

2019年07月08日(月)15時15分

忘れてはならないのは、多くの日本人が韓国をイメージする時の基準になっている90年代から今日までの間に、20年以上の時間が経過している事であり、20年以上の時間が国際関係を一変させるのに十分な時間の長さである事だ。そのことは例えば、日本自身の戦後の経験に置き換えればすぐわかる。1945年の太平洋戦争での敗戦から1964年の東京五輪までは僅か19年。20年と言う期間は一国が焼け跡から復興し、世界第二の経済大国の地位にまで上り詰める事ができるだけの十分な時間なのである。だからこそ、遠い過去の韓国のイメージから現在の状況を考えても、それは現実の姿から大きく隔たるのは当然だ。

だとすると、少なくとも現在の状況が続く限り、日本の一部で「期待」されるような形で、今回の措置により韓国側が日本に対する譲歩へと追い込まれる展開を予想することは難しい。もちろん、これらの韓国と国際社会の変化は日本側においても全く理解されていない訳ではなく、とりわけ豊富な情報を持つ日本政府がこれらを全く無視して、自らの政策を考えているとは考えにくい。世論も同様であり、ここで挙げた内容は繰り返し指摘されていることであり、全く周知されていないとも思えない。

「韓国を痛めつける」という決意表明

ではにも拘らず、日本政府は一見、目指す目的を実現することが困難な政策を掲げ、その政策は人々によって支持されているのだろうか。この点については、韓国のある論者は、「日本は韓国が苦痛を感じるのを見たいだけだ」と述べている。人々が何らかの政策を行い、また、それを支持する場合には、時にその政策の実践性を超えたところに理由があることがある。何故なら、その政策を行い、また提案すること自体が何らかのメッセージを持っており、そのメッセージ故に政策が支持される場合もあるからである。

だとすると、今回の一連の措置が政府・与党によって行われ、人々によって支持されている理由は、政策の効力にではなく、これにより「韓国を痛めつけ」あるいは「痛めつけようとする」のだ、と言うメッセージそのものにある事になる。つまり、この政策は韓国に対して向けられたものではなく、日本国内に対する「決意表明」であり、その「決意表明」が支持されている、と言う訳である。

プロフィール

木村幹

1966年大阪府生まれ。神戸大学大学院国際協力研究科教授。また、NPO法人汎太平洋フォーラム理事長。専門は比較政治学、朝鮮半島地域研究。最新刊に『韓国愛憎-激変する隣国と私の30年』。他に『歴史認識はどう語られてきたか』、『平成時代の日韓関係』(共著)、『日韓歴史認識問題とは何か』(読売・吉野作造賞)、『韓国における「権威主義的」体制の成立』(サントリー学芸賞)、『朝鮮/韓国ナショナリズムと「小国」意識』(アジア・太平洋賞)、『高宗・閔妃』など。


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