焦点:戦闘員数千人失ったヒズボラ、立て直しには膨大な時間とコスト
11月27日、 イスラエルとの1年超に及んだ戦闘の停止で合意したレバノンの親イラン武装組織ヒズボラだが、再建に向けた道のりは時間も費用もかかる困難なものになりそうだ。写真は停戦発効後のレバノン南部の様子。イスラエル側から27日撮影(2024年 ロイター/Ronen Zvulun)
Laila Bassam Tom Perry Maya Gebeily
[ベイルート 27日 ロイター] - イスラエルとの1年超に及んだ戦闘の停止で合意したレバノンの親イラン武装組織ヒズボラだが、再建に向けた道のりは時間も費用もかかる困難なものになりそうだ。いまだに戦場に散乱する戦闘員の遺体を葬り、イスラエルによる攻撃に耐えた支持者を支えることがその第一歩になると、ヒズボラ幹部4人が語った。
ヒズボラの動きに詳しい3人の情報提供者によれば、ヒズボラは14カ月にわたる衝突で殺害された戦闘員は数千人に及ぶとみている。その大多数はイスラエルによる地上侵攻が開始された9月以降の犠牲者だ。死亡者数に関するヒズボラによる推計については、これまで報道されていなかった。
ある情報提供者は、ヒズボラが最大4000人の犠牲を被った可能性があると述べた。2006年に1カ月にわたってイスラエルと戦ったときの死亡者数の10倍を軽く上回る。レバノン当局は今のところ、今回の衝突での犠牲者を約3800人としており、戦闘員と市民の内訳は明らかにしてない。
ヒズボラは組織の頂点から底辺に至るまで動揺している。上層部は最高指導者ナスララ師の殺害からまだ立ち直れず、ベイルート南部郊外への無差別爆撃と国内南部の複数の村落が壊滅したことで、膨大な数の支持者が家を失った。
27日に停戦が実現したことを受けてヒズボラが取り組むべき課題としては、組織構造の全面的な立て直しに加え、イスラエルにこれほど多くの効果的な攻撃を許してしまったセキュリティ面の欠陥の調査、イスラエルのテクノロジー能力を過小評価したミスを含めた昨年1年間の総括などがある。ヒズボラの考え方をよく知る別の情報提供者3人が語った。
ロイターが本記事のために12人の関係者に取材したところ、立て直しを図る中でヒズボラが直面する課題の一部が詳細に浮かび上がった。
ヒズボラ政治部門の幹部であるハッサン・ファドララ氏はロイターに対し、「人間」が最優先になるだろうと語った。
「避難所を提供し、がれきを片付け、殉教者に別れを告げる。再建は、その次の段階だ」とファドララ氏は言う。
イスラエルは主としてヒズボラの支持基盤であるシーア派ムスリムの居住地を集中的に攻撃しており、支持者に甚大な被害が出ている。そこには、モバイル機器を利用した9月のイスラエル側の攻撃で負傷した人々を治療していた医療関係者も含まれる。
家族にヒズボラの戦闘員がいるというレバノン南部出身の女性ハウラーさんは、「ポケットベルを使った攻撃で私のきょうだいは殉教したし、夫のきょうだいも負傷した。近所の人や親戚も、死ぬか負傷するか、そうでなければ行方不明だ」と語る。
「殉教した人の遺体を引き取って埋葬したい。家を建て直したい」と話すハウラーさんは、9月のイスラエルの地上侵攻により自分の村からの避難を余儀なくされた。イスラエルの攻撃により、約100万人が避難民となった。
ヒズボラの考え方をよく知るレバノン高官は、ヒズボラは避難を強いられた支持者の帰還と自宅の再建に正面から取り組むことに集中するだろう、と語る。「ヒズボラはケガをした人間のようなものだ。ケガをしているのに、立ち上がって戦うだろうか。必要なのはケガの手当をすることだ」
この高官は、ヒズボラは停戦後に幅広い政策見直しを進め、対イスラエル対応やヒズボラ保有の兵器の扱い、そしてレバノンの国内政策といった主要なテーマすべてに取り組むと予想している。ヒズボラがレバノン国内に保有する兵器は、長年に渡りイスラエルとの対立の焦点となってきた。
1982年にヒズボラを設立したイランは、復興支援を約束している。そのコストは巨額に及ぶ。世界銀行は、レバノンだけに限っても9万9000戸の住宅が全半壊しており、被害額は28億ドル(4200億円)に達すると試算している。
レバノン高官は、イラン政府はさまざまなルートでヒズボラに資金を提供できると述べたが、詳細については触れなかった。
レバノン当局者2人によれば、ヒズボラと関係の深いレバノン国会のナビフ・ベリ議長は、在外レバノン人シーア派の富裕層に対し自宅を失った人々を支援するための寄付を呼びかけたという。
また2人の当局者は、中東全域のシーア派宗教団体からかなりの資金援助を期待しているという。
この記事に向けてヒズボラに詳しいコメントを求めたが、今のところ回答はない。またイラン外務省もコメントの要請に応じなかった。
<「抵抗」は続く>
ヒズボラは武装解除には応じない方針を示唆しており、今回の紛争が生んだ圧力により、ヒズボラは最終的に兵器をレバノン国家に引き渡すことになるとの一部の期待を否定している。ヒズボラ幹部は抵抗を続けると発言しているが、「抵抗」という言葉は武装状態を意味するという理解が一般的だ。
ヒズボラは、2023年10月8日、パレスチナ側で連携するハマスを支援するために戦端を開いた。イスラエルは9月にヒズボラに対する攻撃を開始し、自国北部から避難した6万人の住民を安全に帰還させることが目的だと主張した。
結果として甚大な被害が生じたものの、ヒズボラ幹部のファドララ氏によれば、レバノン南部でのヒズボラ戦闘員による抵抗や、停戦が近づく中でロケット弾の一斉発射によるヒズボラの攻撃が強化されたことは、イスラエルの作戦が失敗したことを示しているという。
イスラエルのネタニヤフ首相は、今回の作戦によってトップ指導者を殺し、大半のロケット砲を破壊。戦闘員数千人を無力化して国境付近のヒズボラ側インフラを破壊したとして、ヒズボラを数十年分は後退させたと述べた。
ある米国高官は、ヒズボラは現時点で軍事、政治両面において「きわめて弱体化している」と語った。西側の外交官はこの評価に同意し、イスラエルが優位に立っており、撤退の条件もほぼイスラエル主導だったと述べている。イスラエル、レバノン両国による停戦合意は、ヒズボラの対イスラエル国境とリタニ川に挟まれた地域からの撤退を求めている。リタニ川は国境から約30キロ離れた地点で地中海に注いでいる。
ヒズボラは停戦条件に合意したが、南部に展開しつつあるレバノン正規軍に兵器を積極的に引き渡すのか、あるいは兵器を放置していくのかなど、条件履行の方法については方針を明らかにしていない。
イスラエルは、レバノン南部に深く根づいたヒズボラが、2006年の紛争の際には同様の停戦条件をまったく履行しようとしなかったと批判している。イスラエルは、ヒズボラが国境付近の兵力を強化していたことを指摘し、イスラエル北部への大規模侵攻を準備していたと主張している。
英キングス・カレッジ・ロンドンのアンドレアス・クリーグ氏は、ヒズボラはまだかなりの戦闘能力を保持していると語る。
「レバノン南部の主力歩兵部隊の動きと、ここ数日見られた国境を大きく越えたイスラエル国内へのロケット攻撃から、ヒズボラが依然として非常に強力であることが分かる」とクリーグ氏は言う。
「とはいえ、インフラ再建の取組み、そしてさらに重要な点だが、そのための資金確保に関しては、ヒズボラは非常に苦労することになるのではないか」
<借りを返す>
ヒズボラは今回の衝突が始まって以来、影響を受けた住民への現金給付を行っている。受給者によれば、前線の村に留まった住民には月200ドルを支給。9月に紛争がエスカレートすると難民化した家族に月約300ドルを支給してきた。
ヒズボラはイランから軍事・資金両面での支援を受けていることを隠していない。イランは06年、家を失った住民を支援し再建を助けるために巨額の資金を提供している。
ヒズボラ支持者は、支援はこの先さらに強化されるだろうと言う。ある支持者は、地元のヒズボラ関係者との会話に触れ、ヒズボラは家を失った住民に対し、家具の再購入費用だけでなく1年分の家賃も肩代わりしてくれるようだと話す。
イランの最高指導者であるハメネイ師は10月に行った訓話の中で、レバノン国民に向け「破壊は修復され、傷ついた者への借りは返される。レバノンのために血を流すことは我々の責務である」と語りかけた。
世界銀行は暫定的な試算として、レバノンの戦災復興コストを85億ドルとみている。5年前の壊滅的な金融危機の影響に今も苦しむレバノン政府にとっては、とうてい負担しきれない金額だ。
ヒズボラとイスラエルが前回衝突した06年は、50億ドルの復興費用を要したが、湾岸地域のカタール、クウェート、サウジアラビアからの支援を受けて賄った。だが今回は、こうしたスンニ派優位のアラブ諸国が再び支援するという気配はない。ヒズボラは2006年の紛争後、イランによる資金支援と自らの建設部門を動員して、相当の復興事業を行ってきた。そのプロジェクトを指揮したのは指導者の1人であるサフィディン師だが、ナスララ師暗殺の11日後にイスラエルによって殺害された。これも、今回の復興が前回以上に困難になるとみられる要因の一つだ。
カーネギー中東センターのモハナンド・ハジ・アリ氏は、「ヒズボラにとって最優先となるのは、シーア派コミュニティーの忠誠心を確保することだ。今回の破壊は非常に大きく、組織にも影響が生じるだろう」と話した。
(翻訳:エァクレーレン)