ニュース速報
ワールド

アングル:ロシア国内で深刻化する人手不足、軍や防衛産業が働き手吸収

2024年11月29日(金)14時03分

 11月28日、ロシア・ウラル連邦管区の町カメンスクウラリスキーに住むオルガ・スラティナさんは10月のある日、ソーシャルメディアに「今朝は7番のバスが走っていなかった」と投稿した。写真はモスクワで9月撮影(2024年 ロイター/Maxim Shemetov)

Darya Korsunskaya Gleb Stolyarov Alexander Marrow

[モスクワ 28日 ロイター] - ロシア・ウラル連邦管区の町カメンスクウラリスキーに住むオルガ・スラティナさんは10月のある日、ソーシャルメディアに「今朝は7番のバスが走っていなかった」と投稿した。配車担当者が、都合のつく運転手が誰もいなかったと説明したという。

この日はたまたま予定されていた運転手が病気になって人繰りに穴が開いたのかもしれない。しかし2022年2月にロシアがウクライナに侵攻して以来、人手不足の深刻化がロシアの人々の日常生活全てに影響を及ぼしつつある。

ロシア連邦統計局が27日発表した直近の失業率は2.3%と過去最低を記録した。軍と防衛産業が民間企業から大量に人員を引き抜いているだけでなく、国外移住者の増加も影響した。

防衛予算の大幅拡充で、国内や西側で予想されていたような22年のロシア経済破綻は回避され、成長率は同年に多少の落ち込みを経験した後、23年には持ち直した。

だが人手不足や21%に達した高金利、物価高はロシア経済にほころびが生じていることを物語る。

プーチン大統領は経済面の大きな課題として人手不足を挙げ、国家発展に向けた重要目標に生産性上昇を掲げた。政府は女性により多くの子どもを産むことも推奨している。

多くの防衛企業の工場が拠点を置くスベルドロフスク州の場合、10月初め時点の求人件数は5万4912件に上ったのに、失業者は8762人だった。

また首都モスクワを含む中央連邦管区(人口約4000万人)では、失業者1人当たりの求人が9件もある、と同区大統領全権代表のイーゴリ・シチョーゴレフ氏が語った。

人材あっせん会社スーパージョブによると、ロシアでは過去2年で求人が1.7倍に膨らみ、工業セクターは2.5倍に達した。ロシア中央銀行は、国内企業の73%が人手不足を訴えていると報告している。

ロシア高等経済学院(HSE)の研究者は「人員飢饉」が社会全般に広がる現象となり、特に経済システムの全ての部分を覆っているとの見方を示した。

ロイターが取材した企業、労働者、人材あっせん会社、建設や農業、ITなどさまざまなセクターのエコノミストらに取材したところ、一様に労働者が足りず、この先人員確保でより悲観的な見通しを持っていることが分かった。

<待遇で勝負にならず>

ロシアでは何年も前から低い出生率が働き手不足をもたらしていたが、ウクライナ侵攻によって何十万人もの潜在的労働力が軍に動員され、多くの国外移住者も発生した。

しかも同時に、防衛産業が採用を急拡大し始めた。

例えばウクライナ侵攻以前は開店休業状態だった戦車部品工場には新規受注が殺到。ある民間企業の労働者の話では、多くの人が沿ボルガ連邦管区タタールスタン共和国にあるアラブガ経済特区でドローン(無人機)を組み立てる仕事を見つけた。

この労働者は「組み立て仕事の給与は(通常の)何倍も高い。そこで働いていた私の友人は忙し過ぎてお金を使う時間さえないと話していた」と明かす。

モスクワ国立大学のナタリア・ズバレビッチ教授は、民間産業が防衛産業と競争するのは難しいと指摘。防衛産業は莫大な政府予算を受け取っているので、給与を引き上げ、労働者を奪うことができると説明した。

兵士の待遇も向上している。カメンスクウラリスキーがあるスベルドロフスク州で軍に志願すれば210万ルーブル(1万8560ドル)の一時金が支給される。これはロシアの平均的な月給のおよそ25倍だ。

地元の人材あっせん業者は、顧客企業からは労働者が相次いで前線に送られ「かつて100人が働いていたが、男性は1人もいなくなった」との悲鳴が出ていると述べた。

<建設や農業も>

厳しい人手不足に見舞われているのは製造業、物流、ITだが、最も深刻なのは建設セクターで、取引価格高騰や物件完成時期の延期、仕事の質低下などにつながっているとされる。

ウラル連邦管区の建設会社ゴロス・グループの場合、新規プロジェクトを引き受けるかどうかを決断する瀬戸際に追い込まれている。幹部の1人は「資金がないからではない。建設現場に十分な人員を派遣できるだろうか」と悩んでいる。

農業セクターも、昨年は全農業従事者の3.3%に当たるおよそ20万人がいなくなった、ルト農業相は見積もった。

農業生産者団体は、こうした人手不足によって種まきから収穫まであらゆる作業が打撃を受け、農産物の質と労働安全性に悪影響を及ぼしていると訴えた。

マトビエンコ上院議長は今週、警察を傘下に置く内務省も人手不足を痛感していると証言した。内務省によると、11月初めまでの2年間で穴埋めできないポストの数が倍増し、職員の18.8%相当、17万3800人に達したという。

<移民の労働制限>

企業団体RSPPは、移民の労働制限が続いているため、加盟企業の3分の2は必要な外国人労働者の確保に苦戦していると明らかにした。

大手国営銀行VTBのアンドレイ・コスティン最高経営責任者(CEO)は今週、移民なしではロシア経済はやっていけないと主張。「移民を追い出すのは簡単だが、誰かが働き手として求められている」と訴えた。

人手不足はロシアの成長鈍化をもたらすかもしれない。

経済発展省は国内総生産(GDP)成長率について今年見込みは3.9%、来年は2.5%としている。

ロシア当局は、30年までに製造業や運輸、ヘルスケア、社会サービス、科学研究、ITの分野で新たに240万人が必要になると見ている。

チェルニシェンコ副首相は6月に「彼らをどこから手に入れられるか、われわれにはまだ分からない。ほかに手立てがない以上、人工知能(AI)が救世主になってくれると誰もが信じている」と語った。

ロイター
Copyright (C) 2024 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

アングル:トランプ関税でナイキなどスポーツ用品会社

ビジネス

中国自動車ショー、開催権巡り政府スポンサー対立 出

ビジネス

午後3時のドルは149円後半へ小幅高、米相互関税警

ワールド

米プリンストン大への政府助成金停止、反ユダヤ主義調
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 6
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 7
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 8
    イラン領空近くで飛行を繰り返す米爆撃機...迫り来る…
  • 9
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 10
    【クイズ】2025年に最も多くのお金を失った「億万長…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 3
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 7
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中