ニュース速報
ワールド

アングル:トランプ次期政権がプライバシー侵害の恐れ、監視ツールをフル活用か

2024年11月21日(木)10時13分

 米国のトランプ次期政権は不法移民の送還など重要政策を進める際に法執行機関の強力な監視システムやビッグデータを利用し、国民のプライバシー権を侵害するのではないかとの懸念が、市民の自由や移民の保護を訴える人権擁護団体の間で高まっている。写真はバスで米移民当局の職員により送還される、ホンジュラスからの移民。腕には手錠が見える。昨年5月、米テキサス州エルパソの空港で撮影(2024年 ロイター/Jose Luis Gonzalez)

Avi Asher -Schapiro

[ロサンゼルス 18日 トムソン・ロイター財団] - 米国のトランプ次期政権は不法移民の送還など重要政策を進める際に法執行機関の強力な監視システムやビッグデータを利用し、国民のプライバシー権を侵害するのではないかとの懸念が、市民の自由や移民の保護を訴える人権擁護団体の間で高まっている。

トランプ氏は特定の法執行活動を「軍事化」するとの発言を繰り返している。「軍事化」という言い回しには、国内での法執行における軍隊の動員が含まれる可能性があるが、具体的な計画は示していない。

トムソン・ロイター財団は7月、トランプ氏が大統領に返り咲けば監視システムや人工知能(AI)を活用し、不法移民の大量強制送還計画を大幅に強化する可能性があると報じた。

大統領と連邦議会の上下両院を共和党が制する「トリプルレッド」となった上に、最高裁も保守派の判事が過半数を占めており、トランプ氏は広範な権力の行使が可能。それだけに専門家は、権限と組織化が一段と強まった2期目のトランプ政権が技術や監視の進歩を利用し、移民政策から治安維持まで幅広い政策を推し進めるのではないかと危惧している。

「トランプ氏は法執行機関に対して監視ツールへの投資と活用をさらに進めるよう促す公算が大きい。その際に市民の自由を巡る懸念にはほとんど注意を払わないだろう」と、アメリカン大学のアンドリュー・ファーガソン教授は不安を口にした。

<移民取り締まり>

特に監視強化への懸念を強めているのは移民の権利擁護団体で、トランプ次期政権が個人情報の転売で稼ぐ「データブローカー」や顔認証技術などを使い、国外退去の対象となる移民のリストを作るのではないかと見ている。データブローカーは個人情報を収集する企業で、米国にはこうした企業による法執行機関へのデータ販売に関する規制がほぼ存在しない。

移民擁護団体「ジャスト・フューチャーズ・ロー」のパロミタ・シャー事務局長は「こうした技術が、おそらく最悪の形で使われるだろう」と言う。こうした団体は、移民当局によるビッグデータツールへのアクセスを制限するよう求めたり、データブローカーによる消費者のプライバシー侵害を巡って訴訟を起こしたりしてきたが、これまでのところほとんど成果は上がっていない。

トランプ氏は選挙での勝利後にNBCの番組で、移民送還を最優先に据え、「資金に糸目はつけない」と述べた。米国土安全保障省は、2022年の国内の不法滞在者数を約1100万人と推定している。

<警察も活用か>

もうひとつの懸念は、トランプ氏が「米国の法と秩序、治安を回復する」という政策目標を達成するために警察の監視能力の向上を利用する可能性がある点だ。近年、米国の警察では監視ツールが爆発的に増えている。また法執行機関による商用データベースへのアクセスも増加し、令状がなくても市民の行動を追跡できるようになっている。

デジタル権利擁護団体の電子フロンティア財団が収集したデータによると、カメラやナンバープレート認識装置などからの情報を収集する中枢拠点「リアルタイム犯罪センター」を備えた地方警察の数は過去4年間でほぼ2倍に増加している。

さらに司法省のデータによると、今では大規模な警察署の90%余りが自動ナンバープレート認識装置にアクセス可能で、この比率は16年の約66%から大幅に上昇している。一方、市場調査会社MMRによると、データブローカーの市場規模は20年以降で4倍に膨らみ、4110億ドルを超えている。

専門家は、こうした動きはプライバシーに影響するだけでなく、20年に黒人男性ジョージ・フロイドさんが警官に殺害された事件以来注目度が高まっている、警察の人種に関する公正な扱いにも影響するのではないかと懸念している。

<悪用を警戒>

権利擁護団体はトランプ次期政権によるこうした権限の利用を制限すべく対応を模索。人権団体のアメリカ自由人権協会(ACLU)は、トランプ氏が地元警察の情報や監視ツールにアクセスするのを制限する「ファイアウォール」を構築するよう、地元議員に呼びかけている。

ACLUの弁護士マット・ケイグル氏は、トランプ政権が自動ナンバープレート認識装置や顔認識システムといったツールによって地元警察が収集したデータを悪用する可能性を危惧。「地方自治体が住民の情報を大量に収集している場合、どのような政権であれ、あらゆる種類の人々を標的にし、その居場所を突き止めようとする状態がいつ起きてもおかしくない」と言う。

今年初め、民間が収集したアプリの位置情報などのデータを法執行機関が購入・利用することに制限を掛ける連邦法が下院で可決されたが、上院は通過できなかった。

警察は、「公共の安全」を目的に新型コロナウイルス対策資金を警察が利用することを認めたバイデン政権の政策も、最大限に活用している。非営利団体である電子プライバシー情報センター(EPIC)の分析によると、多くの警察がソーシャルメディア監視システム、拡張監視カメラシステム、ナンバープレート認識装置など高度な監視システムの購入にこの資金を充てている。

一方、人権擁護団体などは、犯罪の疑いがある者だけでなく、全市民のデータを収集する「一網打尽型」監視が行われる恐れがあると警告している。

アメリカン大学のファーガソン氏は、トランプ氏が選挙戦中に「過激な左派」や「内なる敵」に軍隊を動員すると約束したことに言及。「不法移民から始めるかもしれないが、気に入らない他の層全てに同じ権限を行使することは可能だ」と指摘した。

ロイター
Copyright (C) 2024 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米ブラウン大学で銃撃、2人死亡・9人負傷 容疑者逃

ワールド

シリアで米兵ら3人死亡、ISの攻撃か トランプ氏が

ワールド

タイ首相、カンボジアとの戦闘継続を表明

ワールド

ベラルーシ、平和賞受賞者や邦人ら123人釈放 米が
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の展望。本当にトンネルは抜けたのか?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 4
    「前を閉めてくれ...」F1観戦モデルの「超密着コーデ…
  • 5
    現役・東大院生! 中国出身の芸人「いぜん」は、なぜ…
  • 6
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 7
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 8
    首や手足、胴を切断...ツタンカーメンのミイラ調査開…
  • 9
    「体が資本」を企業文化に──100年企業・尾崎建設が挑…
  • 10
    トランプが日中の「喧嘩」に口を挟まないもっともな…
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 7
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 8
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキ…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中