ニュース速報
ワールド

アングル:無差別殺傷事件が頻発、景気減速中国で広がるメンタルヘルス問題

2024年11月20日(水)14時36分

 11月19日、 中国では一般市民を標的にした無差別の殺傷事件が1週間あまりで3件も発生した。写真は12日、広東省珠海市の事件現場に線香を供える人々(2024年 ロイター/Tingshu Wang)

Casey Hall

[上海 19日 ロイター] - 中国では一般市民を標的にした無差別の殺傷事件が1週間あまりで3件も発生した。こうした事件が頻発する背景には経済の減速と、それに関連したメンタルヘルス(心の健康)問題があると専門家は指摘している。

今月11日には広東省珠海市で男が車を暴走させて35人が死亡した。容疑者は離婚調停に不満を抱えていたとされる。16日には江蘇省無錫市の専門学校で元学生が8人を殺傷。さらに19日には湖南省常徳市の小学校前で複数の児童や歩行者が車にはねられ負傷した。この事件については容疑者が意図的に事故を起こしたのかなどを警察が捜査している。

無差別殺傷事件は今年に入って非常に高い頻度で起きており、中国の社会的な健康状態に対する懸念が高まっている。

警察の発表によると、珠海市と無錫市の事件の容疑者はいずれも経済的に痛手を被り、その怒りを無関係の市民に対して爆発させたと見られる。中国は景気が減速して雇用機会が一段と不安定になり、奇跡的な経済発展から恩恵を受ける人も減っている。このような経済的圧迫が精神的健康に与える影響は増大していると専門家は指摘する。

オックスフォード大学中国センターのアソシエイトで中国に関する著作もあるジョージ・マグナス氏は中国で無差別殺傷事件が相次いでいることにについて、「異常行動ではなく、ある種のパターンを示している」と分析。戦略国際問題研究所(CSIS)が7月に示した、中国では成功できないのは不公平や制度的要因のせいだと広く認識されているとの調査結果に触れ、「こうした事件に見られる社会的および産業的な停滞感を説明する上で、この調査の知見は大いに役立つし、社会の現状について警鐘を鳴らしている」と述べた。

メンタルヘルスを手掛ける非営利団体「キャンドルX」のディレクターで心理療法士のシャオジェ・チン氏によると、社会的な不公平感や格差の蔓延(まんえん)が、極端な場合には無差別な暴力へとつながる可能性がある。「社会的・経済的に取り残され、脇に追いやられた人々は公平に扱われていないと感じることがある。そして感情をうまくコントロールできない人は、時に暴力的な形で感情を爆発させることがある。

<監視社会も影響か>

公式統計によると、中国は暴力犯罪の発生率が世界平均よりもはるかに低い。しかし最近の無差別殺傷事件頻発で公共の安全性を巡る懸念が高まり、これまで暴力のない安全な街を誇りにしてきた市民は衝撃を受けている。

殺傷事件に関する話題が広範囲にわたって検閲を受けていることも不安が広まる要因になっており、公式発表の信ぴょう性を疑う声が大きくなっていると、専門家は指摘している。

シンガポールのS・ラジャラトナム国際問題研究院の上級研究員、ドリュー・トンプソン氏は「こうした検閲は、特に今年のように無差別で大規模な暴力事件が続く場合、国内の社会的な恐怖や政府への不信感を助長しかねない」と述べた。

復旦大学のチュー・ウェイグオ教授は最近発生した「社会に対する無差別的な報復」事件には共通点があると指摘する。加害者が不利な立場に置かれた人々で、多くは精神的な問題を抱え、不公平な扱いを受けて他に声を上げる方法がないと感じていたことだ。

チュー氏はソーシャルメディアに、カウンセリング支援が問題を緩和する可能性はあるが、個人の権利保護がより充実すれば不満を抱える人々の救いとなるかもしれないとする小論を投稿したが、すぐに検閲の対象となった。

前出のトンプソン氏は「メンタルヘルス・サービスへのアクセスの欠如が、疎外感を抱える人々が暴力に訴える一因になっているのは間違いないが、党や政府の利益よりも個人の権利を優先的に守る独立した法制度がないため、裁判所が信頼されていないのも問題だ」と指摘した。

研究機関3ドリップス・サイコロジーのマネージングディレクター、サミ・ウォン氏によると、中国は近年、例えば新型コロナウイルスのパンデミックに起因する心理的苦痛に対応するため、メンタルヘルス・インフラへの投資を増やしてきた。

有資格のセラピストも登場しているが、精神的な問題を抱えていることが知られるとスティグマを押されるため、世界の他の地域よりも人々は助けを求めることに消極的だ。「多くの人が依然としてセラピーを受ければ白い目で見られると感じている。そのため支援制度が存在しているのに、利用を非常にためらっている」という。

ロイター
Copyright (C) 2024 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

再送フーシ派がイスラエル攻撃、イエメンの親イラン武

ワールド

再送-UAEのアブダビで5人負傷、火災も発生 ミサ

ワールド

タイ新政権、来週発足へ アヌティン首相が表明 

ビジネス

中国の大手国有銀3行、25年の利益ほぼ横ばい 不動
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:BTS再始動
特集:BTS再始動
2026年3月31日号(3/24発売)

3年9カ月の空白を経て完全体でカムバック。世界が注目する「BTS2.0」の幕開け

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    記憶を定着させるのに年齢は関係ない...記憶の定着度を決める重要な要素とは?
  • 2
    映画『8番出口』はアメリカでどう受け止められた?...「単なるホラー作品とは違う」「あの大作も顔負け」
  • 3
    「水に流す」日本と「記憶する」韓国...気候と地理が育んだ「国民意識の違い」とは?
  • 4
    オランウータンに「15分間ロックオン」された女性のS…
  • 5
    ロシア経済を支える重要な港、ウクライナのものと思…
  • 6
    ヘンリー・メーガン夫妻の豪州訪問に3万6000人超の反…
  • 7
    中国最大の海運会社COSCOがペルシャ湾輸送を再開──緊…
  • 8
    ヒドラのように生き延びる...イランを支配する「革命…
  • 9
    ウィリアム皇太子が軍服姿で部隊訪問...「前線任務」…
  • 10
    「酷すぎる...」ショッピングモールのゴミ箱で「まさ…
  • 1
    【銘柄】「三菱商事」の株価に高まる期待...ホルムズ海峡封鎖と資源価格高騰が業績を押し上げ
  • 2
    ヘンリー・メーガン夫妻の豪州訪問に3万6000人超の反対署名...「歓迎してない」の声広がる
  • 3
    レストラン店内で配膳ロボットが「制御不能」に...店員も「なすすべなし」の暴走モード
  • 4
    三笠宮彬子さまも出席...「銀河の夢か、現実逃避か」…
  • 5
    中国の公衆衛生レベルはアメリカ並み...「ほぼ国民皆…
  • 6
    イランは空爆により核・ミサイル製造能力を「喪失」…
  • 7
    中国最大の海運会社COSCOがペルシャ湾輸送を再開──緊…
  • 8
    作者が「投げ出した」? 『チェンソーマン』の最終…
  • 9
    【クイズ】2年連続で「世界幸福度ランキング」で最下…
  • 10
    映画『8番出口』はアメリカでどう受け止められた?..…
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 3
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...撮影はパパ
  • 4
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期ス…
  • 5
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え…
  • 6
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が…
  • 7
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」…
  • 8
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビ…
  • 9
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製…
  • 10
    縫いぐるみが相棒、孤独なサル「パンチくん」がバズ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中