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アングル:在宅勤務の恒久化を、要求強める豪州の労働者

8月2日、新型コロナウイルスのパンデミックで世界の労働力人口の3分の1が在宅勤務になる前まで、ドローン操縦士のニコラス・クンバーさんが務める不動産調査会社は毎日午前9時にスタッフを出社させて仕事を割り振っていた。写真はメルボルンのビジネス街。2016年撮影(2023年 ロイター/David Gray)
[シドニー 2日 ロイター] - 新型コロナウイルスのパンデミックで世界の労働力人口の3分の1が在宅勤務になる前まで、ドローン操縦士のニコラス・クンバーさんが務める不動産調査会社は毎日午前9時にスタッフを出社させて仕事を割り振っていた。
しかしこの会社にも在宅勤務制が導入された今、クンバーさんは早ければ午前7時半に現場へ直行するため、パンデミック前よりも早い時間に保育施設から子どもを引き取ることができるようになった。
現在も週に1回か2回しか出勤しないクンバーさんは「会社が『みんなオフィスに戻れ』と言うなら、私は賃上げを求めるだろう。(在宅勤務のおかげで)家族とより多くの時間を過ごせる。午後5時には本当に仕事が終わる。それから45分かけて帰宅しないで済むのだから」と話す。
JPモルガン・チェースのジェイミー・ダイモン氏や米EV大手テスラのイーロン・マスク氏ら多くの企業トップがパンデミック時代のリモートワークの枠組みに終止符を打つよう主張する中で、ここオーストラリアでは、労組が在宅勤務の権利を守る道筋を作ろうとしている。具体的には調停仲裁裁判所に対して大手銀行の決定に異議申し立てを行い、連邦政府にも権利承認を求めているのだ。
シドニー大学ヘルス・アンド・ワーク・リサーチ・ネットワークを統括するジョン・ブキャナン氏は「オーストラリアの労働市場における大きな変化は、いずれも危機から生じてきた。いったん衝撃を受ければ、元の世界には決して戻らない」と述べ、同国の労働市場はいつも米国や英国、ニュージーランドといった他の英語圏諸国の先を行っていると付け加えた。
コモンウェルス銀行(CBA)の場合、勤務時間全体の半分はオフィスで働きなさいという経営側の指示について、従業員が調停仲裁裁判所に不服を申し立てた。
4月に幹部500人に全面的な出社を命じたナショナル・オーストラリア銀行(NAB)は7月になって、この500人を含めた全従業員に対し、拒否理由に制限を設けた上で、在宅勤務申請の権利を与えることで労組と合意している。
また公共部門の労組は、12万人の連邦政府職員が日数制限なしに在宅勤務申請するのを認めるという合意を取り付けた。
これに対してカナダでは連邦政府職員を代表する労組が5月に2週間のストライキを実施し、賃上げは果たしたものの、彼らが要求していた在宅勤務の権利は確保できなかった。
欧州連合(EU)では欧州議会が今もなお、何十年も前から存在する「テレワーク」の権利を手直ししてコロナ禍後の経済に適合させるための協議を続けている。ジョーンズ・ラング・ラサールによると、2019年と比較した出勤率は東京では5分の1、ニューヨークでは半分強にとどまっている。
オーストラリア連邦政府と交渉した労組の幹部は「流れは元には戻らない。在宅勤務はコロナ禍が終わってもそのずっと先まで続いている」と強調し、在宅でできる仕事の可能性も広がっているのでさまざまな業種に広がっていくだろうと予想した。
<歴史的な対立>
ドイツのIFOマクロ経済調査センターのマティアス・ドールズ副所長は、スタンフォード大学と共同で34カ国の勤労者と雇用主3万5000人を対象に行った。従業員が求める在宅勤務日数は国や業種ごとにばらつきが見られるものの、出社を命じている経営側との認識のずれは世界共通だと説明した。
この調査によると、在宅勤務を経験した人のうちオフィスへの全面出勤を希望したのは19%だけ。在宅勤務の希望日数は週2日で、経営側は1日だった。ドールズ氏は「認識の差は埋まっていない。在宅勤務のレベルがパンデミック前に戻るとは思わない」と語る。
シンクタンクのオーストラリア・インスティテュートのジム・スタンフォード氏は、個別の労使協定のみでは必ずしもこうした行き詰まりの解決にはならないとみている。金利上昇の副産物として広く予想されている失業者の増加が現実化すれば、交渉の際の経営側の立場が強まるからだ。
同氏は、勤労者の大多数の意見は「在宅勤務を続けたい」で、経営側は「いやいや、従業員は職場に戻ってくれないと」との考えが多数派になりつつあると分析。「歴史的な対立の舞台が整えられようとしている」と懸念を示した。
<生活の質向上>
コロナ禍前の2019年に労働総時間のたった2%だった在宅勤務が、ホワイトカラー層の標準的な働き方になってしまったことで、あおりを受けているのは商業不動産のオーナーや投資家だ。
業界データに基づくと、オーストラリアの都市部オフィスの空室率は約17%と数年ぶりの高水準に達し、出勤者数はコロナ禍前より3割強低い水準にとどまっている。
しかしクンバーさんなどの勤労者にとって、在宅勤務はメリットしか見当たらない。柔軟な働き方ができるようになったため、クンバーさん夫妻は2週間ほど子どもが保育施設に預けられないほど体調が悪化した際にも、仕事を続けることができた。
在宅勤務は「ちょっとだけ生活を楽にしてくれる力がある」という。
(Byron Kaye記者)