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アングル:「安全な」米からカナダへ不法入国、難民申請が急増

ペルーで書籍販売の仕事をしていたスレマ・ディアスさん(46、写真右)は、誘拐され金を奪われるという悲惨な体験をした後、故国を離れて米国で安全な生活を手に入れようとした。ところがそこで待っていたのはさらなる困難だった。3月7日、カナダ・オンタリオ州ナイアガラフォールズのホテルで撮影(2023年 ロイター/Carlos Osorio)
[シャンプレーン(米ニューヨーク州)/ワシントン 11日 ロイター] - ペルーで書籍販売の仕事をしていたスレマ・ディアスさん(46)は、誘拐されて体を痛めつけられ、金を奪われるという悲惨な体験をした後、故国を離れて米国で安全な生活を手に入れようとした。ところが米国でディアスさんを待っていたのは、住む家がない厳しさと、何とか見つけた非正規の病院清掃員の職場でのセクハラ被害だった。
ニューヨーク市が無料のバス切符を配布しているという情報を耳にしたディアスさんは早速、わずかな望みにかけてバスに乗車し、カナダ国境近くの町プラッツバーグに向かった。そこからタクシーで「ロクサムロード」を通ってカナダに不法入国し、難民申請したのだ。
こうしたカナダへの不法入国者の難民申請は急増しており、ディアスさんのようにニューヨーク市や各支援団体が料金を負担したバスでたどり着いた人も多く含まれている。
カナダのトルドー首相には、国境にやって来る難民申請者への入国制限を強化するようバイデン米大統領との間で合意しろと迫る声が日々強まりつつある。
カナダのフレーザー移民相は最近、米首都ワシントンでマヨルカス国土安全保障長官と不法入国者問題を協議。トルドー氏は、今月23―24日にオタワを訪れるバイデン氏とこの問題を話し合う考えを示している。
現在、米国で難民申請を目指していた人たちの多くは、審査期間の長さや難民認定の厳格さに阻まれて計画を断念せざるを得ない、というのが複数の政府高官や当の申請者を取材して判明した実情だ。
2月下旬のある雪の日、40人弱の難民申請希望者がスーツケースを引きずったり、バックパックを担いだりしながら、ニューヨーク州からカナダのケベック州へと重い足取りで進む光景が見られた。
ディアスさんにとって、プラッツバーグまで片道約150ドルのバス料金をニューヨーク市が支払ってくれるというのは、何カ月も前から温めていた考えを実行するこの上ない好機で「まるで奇跡のようだった」と話す。昨年6月に米国に到着した後、移民裁判所への出頭時期として示されたのは2024年1月。手続きに時間がかかり、身動きが取れないと感じたという。
ニューヨーク市は2007年から、他の都市や国で支援が受けられると証明できたホームレスに対してバス切符や航空券を配る取り組みを続けている。幾つかの難民支援団体も昨年8月に無料のバス切符配布を始めたが、費用の問題で11月に打ち切った。
アダムス市長は、同市や提携する慈善団体がそうした切符をどれだけ購入したかは明らかにしていない。
市長報道官は、あくまで難民申請希望者らが目的地を選んでいると説明。「ニューヨーク市がカナダのどこかに人々を送り込んでいるのではないことは明確だ。われわれは難民申請をしようとしている人々がニューヨーク市であれ、別の場所であれ安定した生活ができるよう手助けをしている」と述べた。
米国土安全保障省は、米国の難民申請制度における審査期間についてコメントを拒否。バイデン政権は議会に対して、包括的な移民法制を整備するよう求めている。
いずれにせよ昨年、米国からカナダに不法入国した難民申請者は約4万人と、新型コロナウイルスの感染対策に伴う規制が続いていた2021年の9倍に膨れ上がり、19年の1万7000人近くと比べても2倍以上に達した。カナダ政府のデータによると、今年1月だけで5000人前後が不法入国したという。
同じくカナダ政府のデータに基づくと、昨年9月末までの1年で同国が受け入れた不法入国の難民申請は全体の46%。一方で米移民裁判所がこの間、難民認定した不法入国者の割合は14%だった。
昨年末の段階でカナダと米国で難民申請手続き中の件数は、それぞれ7万件強と78万8000件前後だ。
カナダではナイジェリアとハイチ、コロンビアの出身者が不法入国者の半分近くを占めていることが、カナダ移民・難民委員会のデータで分かる。
<カナダの魅力>
カナダと米国は「安全な第三国」協定の定めに従って、正式な国境管理所を経た難民申請希望者をお互いに送り返すことができるが、ロクサムロード経由のような不法入国者には同協定は適用されない。
あるカナダ政府高官は、米国側はこの協定の範囲を両国国境全域に拡大することに乗り気ではないと明かした。
シラキュース大学のトランザクショナル・レコーズ・アクセス・クリアリングハウスによると、米国では難民申請者が移民裁判所に出頭するまで平均で4年余りも待機しなければならない。また米国市民権・移民業務局の規定では、難民申請してから労働許可が得られるまでにも最低半年はかかる。
ニューヨーク市で難民申請希望者の支援をしているチームTLC・NYCのディレクター、イルゼ・ティールマン氏は「人々は労働許可と難民認定のヒアリング機会を得るまでのあまりの長さにがっかりしている」と述べた。
カナダ移民・難民委員会によると、同国では19年の難民認定審査期間は15カ月だったが、昨年1─10月には25カ月に延びている。それでも米国に比べると短い。
そんなカナダを目指して、ニカラグアからやってきた難民申請者の1人がレイモンド・テリオルトさん(47)だ。カナダは亡くなった父が生まれた国で、今もいる親族を頼ろうとしたからだ。
テリオルトさんはニカラグア政府を批判した影響で、小さなシーフードレストランの開業を当局に妨害され、安定した仕事を見つけるのに苦労していた。このためまず昨年11月、メキシコから米国に入り、ニューヨーク市から自腹で140ドルのバス料金を支払ってプラッツバーグに着いた後、今はカナダ政府が料金を負担しているナイアガラの滝近くにあるホテルに滞在している。
カナダ行きの決断に満足しているというテリオルトさんは「(カナダの方が)より人道的でサポートが手厚い。米国では飢え死にしても自己責任だ」と違いを強調した。
ただカナダのケベック州政府は、こうした難民申請者の増加で施設の収容能力や基本的なサービスの提供態勢がひっ迫しつつあると悲鳴を上げる。同国連邦政府は、昨年6月から合計で5500人を超える難民申請者を別の州に移していると明らかにした。
<国境閉鎖がもたらすリスク>
だからと言ってカナダが難民申請者に対して国境を全面的に閉ざせば、彼らをより危険なルートで不法入国させかねない、と専門家は警告している。
昨年、米国からカナダのマニトバ州に入ろうとしたインド人の家族4人が凍死。オタワ大学のジェイミー・チャイ・ユン・リュー教授(移民法)は「(国境閉鎖は)人々をもっと危険な選択と行動に駆り立て、より多くの悲劇が起きるだろう」と語った。
(Anna Mehler Paperny記者、Ted Hesson記者)