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アングル:ネット詐欺集団、アジアIT技術者軟禁し実行役に
11月2日、インド人エンジニアのスティーブン・ウェスリーさんは、タイを拠点とするグラフィックデザインの仕事の採用面接で、タイピングの試験を受けるよう言われた。写真は暗号資産の価格変動をチェックする人々。タイのナコーンラーチャシーマ県で1月21日撮影(2022年 ロイター/Soe Zeya Tun)
[チェンナイ(インド)/バンコク(タイ) 2日 トムソン・ロイター財団] - インド人エンジニアのスティーブン・ウェスリーさん(29)は、タイを拠点とするグラフィックデザインの仕事の採用面接で、タイピングの試験を受けるよう言われた。ウェスリーさんは困惑したというが、内定をもらうと、そのことは忘れたという。
今年7月、新しい職場で働き始めるためにバンコクに着いた数時間後、ウェスリーさんを含む新人8人はミャンマーまで船で移動させられ、携帯電話とパスポートを没収された。そして、オンラインでの暗号資産投資詐欺に加担させられたのだ。
「リサーチしてメッセージを送り、ソーシャルメディア(SNS)上でいろんな人とやり取りし、彼らの信頼を得て暗号資産に投資するよう勧めることに、一日最大18時間は費やした」
ウェスリーさんは電話でのインタビューでこう振り返った。
SNS上の好待遇の求人広告に魅力を感じてカンボジアやラオス、ミャンマーを拠点とする求人に応募し、いざ仕事を始めるとインターネット上で世界中の人々をだますことを強制させられたという技術者らがアジアで急増している。その数は数千人に上るという。
ウェスリーさんは、タイとの国境沿いにあるミャンマー南東部のミャワディにある施設で45日間軟禁された。その間、フェイスブックやインスタグラム、マッチングアプリを使って連絡を取る人の名簿を渡された。そこには約3500人の名前が書かれていた。
「誘惑する方法や、趣味や日々の過ごし方、好き嫌いについての雑談の仕方のトレーニングを受けた。15日ほどすると相手からの信頼が得られ、暗号資産投資に関する僕らのアドバイスにも耳を傾けてくれるようになった」とウェスリーさんは明かした。
こうしたサイバー犯罪集団が初めて出現したのはカンボジアだったが、それ以降、アジア内の他の国にも広がった。インドやマレーシアなど出身のテクノロジーに精通した技術者も標的になっている。
これらの国の当局や国連職員らは、こうした犯罪集団について、東南アジアの賭博を支配する中国の犯罪組織が運営していると指摘。新型コロナウイルス感染症の世界的大流行(パンデミック)による都市封鎖(ロックダウン)で逃した収益を取り返そうとしているのだと説明する。
こうして拘束された技術者らは、カンボジアにある元カジノや、ミャンマーやラオスにある経済特区で軟禁されているという。
「犯罪組織は、スキルを持ちテクノロジーに精通していながら、パンデミックで失職して必死になっている人々に目を付けた。そして彼らは、こうしたデタラメな求人広告に飛びついてしまった」と国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチのアジア担当副局長であるフィル・ロバートソン氏は指摘する。
「当局の対応は遅く、多くの場合こうした人々は人身取引の被害者としてではなく、詐欺に手を貸した犯罪者として扱われる」
<怪しいテクノロジー企業>
サイバー犯罪は、ネット上での個人情報の入手を簡単にさせるプラットフォームの普及や、翻訳ソフトや画像生成AI(人工知能)の精度向上で犯罪組織による偽プロフィールの作成が容易になったことを受けて増加の一途をたどっている。
ウェスリーさんらが強いられた投資詐欺は、「豚殺し」として知られている。詐欺師がSNSやメッセージ、マッチングアプリ上での交流を通して被害者の信頼を獲得し、その後に偽物の暗号資産やオンライン取引に投資するよう、圧力をかける。
米連邦捜査局(FBI)によると、「豚殺し」という通称は、詐欺師が被害者にロマンスや富を約束し続け、入金と同時に連絡を絶つことに由来している。こうした詐欺は、2019年に中国で初めて出現したとされる。
「人々は無意識のうちに、たくさんの情報をSNSに載せている」と、サイバーセキュリティについて企業に助言する印アバンソサイバーセキュリティソリューションズの取締役、ダーニャ・メノン氏は語る。
「15日かけて誰かのSNSをフォローすれば、その人に関する情報は多く入手できるだろう」と同氏は述べた。またメノン氏によると、仮想通貨の仕組みがあまりよく知られていないことも、暗号資産投資詐欺の増加の背景にあるという。
インド外務省は9月に、テクノロジー分野のスキルを持つ若者に対して、タイを拠点とした「コールセンター詐欺や暗号資産詐欺に関わっている怪しげなIT企業」の偽の求人に注意するよう勧告を出した。
当局は先月、ラオスやカンボジア、ミャンマーでこうした状況に置かれたインド人を約130人救出したことを明らかにした。この中に、ウェスリーさんらも含まれた。
2021年2月に軍事クーデターによって国政を掌握したミャンマーの軍事政権は、コメントに応じなかった。
カンボジア高官らは、違法行為や人身取引の発生を否定してきていたが、最近になってサイバー詐欺の犯罪集団への取り締まり強化を命じるなど、強い姿勢を取り始めている。
<マッチングアプリの偽プロフィール>
タイ人女性のベルさん(23)は、月給約1000米ドル(約15万円)で食事と住居付きをうたう、カンボジアにあるカジノでの事務職の求人に強く惹かれたという。ベルさんは、個人情報保護のために仮名を名乗った。
だが12月にベルさんが海沿いの街、シアヌークビルにあるこのカジノに着くと、中国人雇用主はパスポートや身分証明書、携帯電話を没収し、ドアの鍵を閉めた。
ベルさんは、SNSで偽プロフィールを作り、マッチングアプリ「ティンダー」上で男性ユーザーらと仲を深め、株への投資を勧めることを強いられた。
「そんなことはしたくなかったから、国に帰りたかった。でも辞めるなら12万ー13万タイバーツ(約47万-51万円)払わなければならないと言われた。殴られることが怖くて、働くしかなかった」と、ベルさんは語った。
ベルさんと他に拘束されていたタイ人20人は、6月にタイ警察に救出された。タイ警察は、昨年末から1200人以上もの市民をカンボジアの施設から救出してていると、同警察幹部のスラチェット・ハクパン氏は語った。
3000人以上のタイ人が今もシアヌークビルとカンボジア首都プノンペンに拘束されているのではないかと、スラチェット氏は推測している。
ウェスリーさんも同様に、ミャンマーの施設を出たいのであれば巨額の身代金を支払うよう言われていた。また同氏は、ブルネイ生まれの女性の偽プロフィールを作るよう強いられた。この架空の女性は、モナコでグラフィックデザイナーとして働いている設定で、アカウントには頻繁に自撮り写真を投稿していた。
ウェスリーさんは、欧州、オーストラリア、英国、インドから毎日50人を標的にし、それぞれに初回投資額2万米ドルを投資するよう求めた。
インドに帰国したウェスリーさんだが、今も職を見つけられずにいるという。
「当時見落とした怪しげな点はなかったか、他に何か違った対処をできていなかったかと考えずにはいられない」と語ったウェスリーさん。仕事の面接のために訪れたチェンナイから、ロイターのインタビューに応じた。
「でも何も疑わなかったのだ」
(Anuradha Nagaraj記者、Nanchanok Wongsamuth記者)
(Reporting by kyoko yamaguchi)