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アングル:死別・失業・債務、インドの世帯を襲うコロナ三重苦

2021年08月02日(月)15時53分

 ビシャル・メグワルさん(24)が母親を亡くして1カ月になる。だがメグワルさんの耳には、母親の薬代を借りようと友人たちに必死にメッセージを送りつつ聞いていた、母親の苦しげな息づかいが今も残っている。写真はインド・アーメダバードの病院前で悲観に暮れる、夫を亡くした女性。5月8日撮影(2021年 ロイター/Amit Dave)

[ムンバイ/チェンナイ(インド) 27日 トムソン・ロイター財団] - ビシャル・メグワルさん(24)が母親を亡くして1カ月になる。だがメグワルさんの耳には、母親の薬代を借りようと友人たちに必死にメッセージを送りつつ聞いていた、母親の苦しげな息づかいが今も残っている。

新型コロナウイルスによるパンデミックのため、霊廟や聖堂で有名なインドの都市アジュメールで暮らすメグワルさんの貯蓄は尽き、住宅の塗装で稼いでいた所得も失われた。何よりも大きな痛手は母親を亡くしたことだ。

メグワルさんはアジュメールから電話でトムソン・ロイター財団の取材に応じ、「こんな状況は今まで経験したことがない」と語る。「返済しなければならないローンもあるのに、仕事がない。そして母もそばにいない」

メグワルさんと同じように、何万人ものインド国民が肉親との死別、失業、債務という三重苦にあえいでいる。新型コロナウイルスの深刻な第2波がインドの脆弱な医療体制を崩壊に導いたためだ。

度重なるロックダウンで失業者は急増し、インドの多くの家庭では貯蓄が底を突いてしまった。パンデミックの影響を受けた世帯は、発症した親族の治療費を自ら賄わざるを得ず、借金に頼る例も多い。

新規感染者が減少するにつれて、国内のロックダウンは解除され始めている。だがインド経済は新型コロナにより深刻な打撃を受け、昨年来、過去最悪の景気後退を味わい、各世帯は仕事が乏しい中で多額の債務を返済するという大きな困難を抱えている。

中央銀行であるインド準備銀行は成長予測を下方修正し、エコノミストらは、手形不渡り率から質流れした宝飾品の額に至るまで、インド経済の苦境の程度を示すさまざまなデータを指摘している。

<かさむ治療費>

メグワルさんは、病に倒れた母親を何とか政府系の病院に入院させることができた。だが、薬から酸素マスクに至るまで、治療に必要なものはすべて自分で購入しなければならなかった。薬局はどこも通常の2倍の価格を吹っかけてきた。

「我が家は決して豊かな方ではないが、貧しくもなかった」とメグワルさんは言う。パンデミック前は、父親が建てた住宅の塗装を担当していた。

「父と私の2人で稼いでおり、十分に食べて行けた。だが昨年のロックダウンで仕事がなくなり、生き延びるための食費と光熱費などで貯蓄は使い果たした」

インドの失業率が過去12カ月間で最悪の11.9%に達する中で、メグワルさんはポーターとして働き、辛うじて1日約300ルピー(約440円)を稼ぐだけだ。母親の治療のために借りた6万ルピー(約8万8000円)をどうやって返済するか、途方に暮れている。

メグワルさんの母親が亡くなる2週間前、墓廟タージマハルで有名なインド北部の都市アグラの街路で、主婦レヌ・シンガルさん(45)は夫を乗せたオート三輪タクシーを急がせていた。

シンガルさんの夫は彼女の腕の中で亡くなった。幸福な家庭生活は覆され、彼女のもとには未払いの請求書、家賃の支払い、わずかな貯蓄だけが残された。

「24時間で何もかも終わってしまった。夫の熱が急に上がり、急いで複数の病院に連れて行こうとしたが、入院許可を待つ間に三輪タクシーの中で亡くなった」

「突如、まだ学校に通っている娘と私自身の将来が自分の肩にのしかかってきた」

シンガルさんには、夫の死を嘆いている余裕はまだない。それよりも、家賃をどうやって払うか、次の食事をどうやって確保するかに集中しなければならない。

「わずかばかりの貯蓄は夫の治療費、葬儀費用、そして先月分の家賃の支払いなどのやり繰りで使い果たしてしまった」と彼女は言う。

2010年代のあいだに、インドでは数千万人が極貧の状態を脱出した。だが世界銀行は、パンデミックのせいで少なくとも一時的にこの流れが逆転したと述べている。

米ピュー・リサーチ・センターは報告書で、1日2ドル以下の収入で暮らすインド国民の数は7500万人増加し、ロックダウンをきっかけとする景気後退によって貧困撲滅の取組みの成果が数年分も帳消しになったと述べている。

同センターは、インドの家庭は所得の減少に対して、食費の切り詰め、家財道具の売却や借金で対応しているとしている。

ロイターの調査によれば、2020年3月にパンデミックが始まって以来、家庭の借金は3倍に増加し、そのうち約半分は過去6カ月の間に発生している。

<貧困の罠>

アジム・プレムジ大学が実施した「インドにおける労働の現状」と題する調査によれば、昨年、全国規模で実施されたロックダウンの最中に約1億人が職を失い、2020年末の時点では約1500万人が失業中のままだ。

引き続き所得のある人々の中でも、安定した雇用から非公式セクターへの移行が見られる。すでにパンデミック以前から、インドの労働力のかなりの部分は非公式セクターで雇用されていた。

上述の調査の共同執筆者であるアジム・プレムジ大学持続可能雇用センターのアミット・バゾル所長は、「公式セクターで雇用されていた人の半分近くが、現在では何のセーフティーネットもない非公式の労働に従事している」と語る。

「彼らは今後、子どもを学校から退学させる、治療の先送りなど厳しい選択を迫られることになるだろう」

バゾル所長は、景気の回復が遅れれば、債務増大と資産売却が進み、「貧困の罠」が生じるリスクがあるという。

インドは感染拡大の抑制と経済再開のバランスを取ろうと苦心しているが、活動家らは、飢餓という隠れたパンデミックが広がりつつあると言う。

昨年の世界飢餓指数において、インドは107カ国中94位であり、飢餓のレベルが「深刻」とされている。

<恐怖と焦り>

社会的セーフティーネットが整わない国では、パンデミックの間、人としての尊厳が失われる事態が繰り返し生じている。第2波を生き延びた人々は、恐怖と焦りのせいで、愛する人を丁寧に見送ることができなかったと悔やむ。

アグラのシンガルさんも、自宅で隔離状態に入った夫と、ほぼ1週間まともな会話ができなかった。入院許可を待つ間に死に瀕した夫を蘇生させようと試みるあいだに、最期の時を迎えてしまった。

メグワルさんは自ら母親の遺体を個人防護具で包み、ストレッチャーに載せて運び出した。1000ルピー(約1500円)の料金を払って救急車に乗せ、2キロ離れた墓地に向かった。

「私たちが持っていたものはすべて失われた」とメグワルさんは言う。「政府はコロナ禍の影響を受けた家族を支援してくれると聞いた。なんらかの助けになればいいのだが」

(Roli Srivastava記者、Anuradha Nagaraj記者 翻訳:エァクレーレン)

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